2009年 11月 27日
貧しい国に住むということ |
先日、フランスの高名な文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロースが100歳で大往生を遂げたというニュースを知りましたが、
彼の言葉で印象に残っているのは、「空間を移動すると身分が変化する」というものです。
大学卒業後、フランスの地方の高校教師をしていたレヴィ=ストロースは、ブラジルのサンパウロ大学の助教授の職をオファーされて、ブラジルに渡るのですが、
ブラジルでは、名門のサンパウロ大学の助教授としてブラジルの上流階級の人々と交際するようになります。
つまり、フランスからブラジルへ空間を移動することで、それまでのしがない地方の高校教師の身分から、上流階級の仲間入りを果たすのです。
海外に出たことのある日本人で、これと似た体験をしている人は多いと思います。
たとえば日本では団地住まいだったサラリーマン一家が、東南アジアの駐在を命じられ、赴任先では広壮な邸宅に住んで、女中や専属の運転手にかしずかれて生活しているなどという話はよく耳にします。
このような中流から上流への身分の変化は、特に日本のような先進国から貧しい発展途上国への移動によって引き起こされるのですが、
その場合、現地では現地の中流階級の人々ではなく、中流の上以上のクラスの人々と付き合うことになります。
発展途上国の多くは、貧富の格差が大きい階級社会なので、社会に占める中流階級の割合が小さいことに加えて、
これらの国の中産階級の人々の所得は、平均的な日本人の所得と較べてはるかに少ないので、彼らと対等に付き合うことは事実上、不可能なのです。
私がエジプトに住んでいたときも、付き合っていた現地のエジプト人は中流の上の階級の人が多かったです。
エジプトの中流の上というのは、日本人の感覚ではかなりの豪邸に住み、成人した家族のメンバー1人につき1台ずつ、ベンツクラスの自家用車を保有しているような家庭です。
このような階級のエジプト人と付き合い、週末には彼らの家のパーティーに呼ばれていたのですが、パーティーに呼ばれたときには手ぶらで行くわけにもいかず、ウィスキーの1本も下げていく必要があります。
エジプトは全体的にいって物価の安い国ですが、輸入物のスコッチウィスキーには高い関税がかかっていて、当時、日本円で1本、1万円くらいしました。
月に4、5回、パーティーに招待されて、そのたびにウィスキーを持っていくと、ウィスキー代だけで、月に4、5万かかる計算になります。
当時、エジプトの大卒の初任給は、日本円にして4万円から5万円といわれていましたが、私はその初任給に相当する金額を毎月、ウィスキー代に遣っていたのです!
それ以外の日常生活でも、外国人はなにかと高くつくようにできていました。
例えば、八百屋なんかでも、店頭に並べてあるのは痛んだ野菜が多く、本当に良いものは店の奥に隠してあって、常連客だけが買うことができるといわれていました。
しかし、アラビア語もロクに話せない外国人が常連客になれるはずもなく、そもそも外国人が一般庶民向けの八百屋で買い物をすること自体、
外国人として相応しくない行為であるとみなされていることが、エジプトに住んでいるうちに徐々にわかってきました。
エジプトのような階級社会では、外国人は、それだけで特別な身分の人間としてみられ、その身分に相応しい行動をとることが期待されます。
カイロの町には、外国人向けのスーパーマーケットがあって、商品の値段は一般商店の2、3倍はしましたが、
エジプト人からみたら、外国人は、高い外国人向けのスーパーで買い物をするのが当たり前で、
外国人のくせに、一般エジプト人向けの商店で買い物なんかすると、なんとケチな外国人だと嘲笑されてしまうのです。
このような話はエジプトに限ったことではなく、貧富の格差の激しい発展途上国では大なり小なり共通すると思います。
以前、テレビで、フィリピンの小さな島を買って、その島で生活している日本人の夫婦の暮らしぶりを特集しているのをみたことがありますが、その島の値段はたったの2千万円だということでした。
2千万円だと日本では小さなマンションしか買えません。
フィリピンは物価も安い国なので、一見して、その夫婦は、その2千万円の島で安く生活しているかのように見えましたが、実はその島には140人の島民が住んでいるのです。
これはどういうことかというと、島のオーナーになった日本人は、自動的にその島に住むフィリピン人全員の生活の面倒を見る義務を負うことを意味します。
フィリピン人はカトリック教徒が多く、みんな自分のゴッドファーザー(名付け親)を持っているのですが、フィリピンでは、ゴッドファーザーになるということは大変、重要な意味をもっていて、
一度、ゴッドファーザーになるとその子供の面倒を金銭的な面も含めてずっと見なければなりません。
フィリピンには金のある人間が金のない人間の面倒を見るのは当然という考え方があり、この島を買った日本人も、それだけの金があるのだから当然、島民の事実上のゴッドファーザーとして振る舞うことが期待されるのです。
事実、テレビでは、島民の1人が息子が高校に進学するので、授業料を出してくれないかと頼みにきている様子を映していました。
その日本人は島民の話を聞き入れて、息子の授業料を出すことを承諾していましたが、彼がそれをできるのは、それだけの資産を所有しているからでしょう。
私の見たところ、彼は最低でも数億の資産の持ち主で、だからこそ、島の領主が務まるのです。
つまり、いくら島の値段が安くても、外国人が島で生活しようと思えば金がかかるということで、
外国人が貧しい物価の安い国に住む場合、往々にして、物価の高い故国よりも生活費は安くなるどころか、むしろ高くなるのです。
実際、私の20年以上前のカイロでの生活費と現在の日本での生活費を較べたら、日本の方が安くあがっているのです!
by jack4africa
| 2009-11-27 00:03
| 海外生活&旅行