2010年 03月 12日
オリエント急行の美女(2) |
彼女は、長い黒髪に大きなフレームの眼鏡をかけていて、どことなく東洋的というか、オリエンタルな雰囲気がありました。
オリエント急行に乗っていたから、そんな印象を受けただけなのかもしれませんが、フランスで活躍しているギリシャ出身のシャンソン歌手で、歌手としては珍しく大きなフレームの眼鏡をかけている、
ナナ・ムスクーリという女性歌手がいて、彼女をみたとき、その眼鏡をかけた顔がナナ・ムスクーリに似ていると思ったのです。
このシンプロン急行は、イスタンブール行きですが、ベオグラードかどこかで、一部の車両が切り離されて、そのままギリシャのアテネに向かうそうで、
彼女はこの列車に乗ってアテネに向かうギリシャ人か、それともイスタンブールに向かうトルコ人ではないかとと想像しました。
「ねえ、あなた、知ってる?」
彼女がフランス語で話しかけてきました。
「このシンプロン急行は、今はこんな寂れた列車になってるけど、昔はとても豪華な列車だったのよ」
それはいわれなくても知ってます。
それが目的でわざわざやって来たのですから。
「あなたはイスタンブールに行くのですか?」
と訊くと、
「ええ」
と答えます。
とすると、やっぱりトルコ人かも。
「この列車にはよく乗ってるんですか?」
と訊いたら、
「ええ、もう何度も乗ってるわ」
と答えましたが、後になって、この汽車に乗るのはこのときが初めてだったことが判りました。
そのうち、われわれのコンパートメントに3人目の乗客が入ってきました。
小太りの中年女性です。
プラットフォームには2人の大柄な中年男性が立って、彼女を見送っています。
列車はまもなく音も立てずに静かに発車しました。
かってのオリエント急行には豪華な寝台車や食堂車が付いていましたが、現在は寝台車も食堂車もなく、車両としては、われわれの乗っているこの二等車両だけです。
夜は、寝台車ではなく、この二等車の座席のソファで眠るのです。
それでも、若かった私は、すぐに寝入ってしまい、翌朝、目を覚ましたら、もう列車はスイス・アルプスに入っていて、高く積もった雪の間を走っていました。
同乗者の2人の女性はもう起きて、おしゃべりしていました。
私が目を覚ましたのを見た小太りのおばさんが、手提げ袋からチーズやリンゴを取り出して、私にくれます。
彼女はユーゴスラヴィア人で、夫と一緒にフランスに出稼ぎに来ていて、夫は工場で働き、彼女はフランス人の家庭でメイドをしているそうです。
昨晩、プラットフォームで彼女を見送っていた2人の男性が、夫とその弟だそうで、
彼女と夫の間には、12歳になる一人息子がいて、現在、故国で夫の両親と一緒に暮らしているそうで、
彼女は、その一人息子に会うためにこれからベオグラードに里帰りするところなのだそうです。
この列車の名前になっているシンプロン・トンネルを通過してイタリアに入り、ミラノに到着したのは昼前です。
駅の売店で、駅弁ならぬ紙の箱に入ったランチボックスを買いました。
ローストチキンにフライドポテト、パンにデザートのリンゴなんかが入っています。
今晩の夕食の分を合わせて2箱、買いましたが、ナナ・ムスクーリ似の彼女も1箱、買いました。
ミラノの後に着いたヴェニスの駅で、一目でトルコ人であることがわかる髭面のオヤジが乗り込んできました。
コンパートメントのドアを開けて、
「ここに入っていいですか?」
みたいなことを訊きましたが、3人とも無言。
おかしなもので、一晩、同じコンパートメントで一緒に過ごしただけなのに、われわれ3人の間で仲間意識みたいなものが生まれていて、
トルコ親父がそこに闖入してくるのが、なんとなく面白くなく、歓迎する気になれなかったのです。
それでも、彼はかまわず荷物と一緒にコンパートメントに入ってきて、SONYと書かれた四角いダンボール箱を大事そうに座席の上の荷物棚に載せます。
ダンボールの大きさからみて、中身はテレビではないかと思いました。
多分、彼はイタリアに出稼ぎに来た帰りで、家族の土産にSONYのテレビを買ったのでしょう。
これでコンパートメントの客は、4人なりました。
トルコ人の親父はナナ・ムスクーリ似の彼女と同じ側のビニール張りのソファの座席に座り、私とユーゴのおばさんはその向かいの座席に座っていたのですが、
ナナ・ムスクーリが窓際の車両の壁にもたれて脚をソファの上に伸ばしてくつろいでいるのをみて、
トルコ親父は彼女と向かい合わせになる形で、自分もドアの側の壁にもたれて、足を伸ばし、自分の足先が彼女の足先に触れるようにして、その感触を楽しんでいました。
「このスケベ親父が!」
と思いましたが、ナナ・ムスクーリの方は、足の先を触られているのを気がついているのか、いないのか、何もいわないので、私がでしゃばって文句をいう筋合いではないと思って黙っていました。
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by jack4africa
| 2010-03-12 00:00