
自分の性的嗜好について日頃、考えていることや世界の同性愛文化の比較、世界の男色習俗の紹介、旅行記、大好きなアフリカ大陸や映画の話 by jack4africa
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ラーファットとイブラヒムという2人のエジプト人の若者と出合ったのは、アレキサンドリアでイースターの休暇を過ごしていたときのことです。
アレキサンドリアには最初、友人のイギリス人外交官モーリスと彼のエジプト人の恋人ガミールと一緒に行く予定だったのですが、
出発直前になって、モーリスの都合が悪くなって行けなくなり、あとで合流するから先に行って待っていてくれといわれて、私一人で出かけたのです。
4月のアレキサンドリアはもうかなり暑くなっていて、泊まっていたホテルの近くの海水浴場として有名なスタンレービーチには、気の早い地元の若者の姿がちらほら見受けられました。
その中に17歳になったばかりの高校生、ラーファットとイブラヒムがいたのです。
2人はイトコ同士で、砂浜に面した海の家のようなカフェで一人、コーラを飲んでいた私に話しかけてきたのです。アレキサンドリアはその名のとおり、アレキサンダー大王が造った都で、ギリシャ系の住民が多いことで知られていますが、
ラーファットは、ギリシャ系の血を引いていることが一目でわかる、テニスプレーヤーのピート・サンプラスに良く似た超イケメンで、とても17歳には見えず、 24、5歳に見えました。
イブラヒムの方はハンサムではないけど、愛嬌のある顔つきで、年齢相応の無邪気な高校生といった感じでした。
ビーチには海岸線に沿って海水浴客が更衣室として使用する小さな小屋、キャビンが建ち並んでいます。
ラーファットとイブラヒムは、彼らの家族が一年契約で借りているというキャビンに私を連れて行き、そこで水着に着替えて自分達と一緒に泳ぐように勧めてくれました。
しかし私は、水着を持ってきてないからという理由で断りました。
本当をいうと、彼らの前で裸になる勇気がなかったのです。2人とも脚が長く、均整の取れたきれいな身体をしてたので・・・
私は2人に、私にかまわないで好きなように泳いでくるようにいい、2人が泳 いでいる間、砂浜の上に座っていたのですが、日差しが強いので、キャビンに避難して、ドアを開け放したキャビンの中に座って海を眺めていました。
先に泳ぎ終わったラーファットがキャビンに戻ってきたとき、私はまだキャビンの中にいました。
彼が着替える間、私はキャビンの外に出るべきだったのでしょうが、彼の裸が見たかったので、わざと中に残っていました。
彼は腰にタオルを巻いて、水着を脱いでいましたが、私の視線に気がついたのか、ニヤッと笑って、私の目の前でタオルをパッと広げました。
海からあがったばかりで股間のモノは縮こまっていましたが、その裸のトルソーはギリシャ彫刻のようでした。
ただし、ラーファットとの間でヘンな雰囲気になったのはそのときだけで、その後、アレキサンドリアを離れるまでは、そのようなことは二度と起こりませんでした。
マンガみたいな顔をしたイブラヒムの方はともかく、美青年のラーファットには大いに食指が動いたのですが、
いったん彼らと「お友達」になって仲良くなってしまうと、かえってそういうことは言い出しづらくなり、そのままになってしまったのです。
なぜだかよく分からないのですが、イブラヒムもラーファットも私と友達になれたことが嬉しくてたまらないという様子で、
毎朝、私の泊まっているホテルまで私を迎えにきて、彼らの家に連れていったり、彼らの住む町内で開かれる結婚式に招待してくれたりと一日中、私をあちこち引き回すのです。
正直いって2人の好意はうっとうしくなるほどでしたが、嬉々として私にまとわりついてくる彼らをむげにはできないし、アレキサンドリアにやってくるはずのモーリスとガミールはいっこうにやってこないし、
どっちみち一人でいても退屈するだけだからということで、最後の日まで彼らと一緒に暇をつぶすことにしたのでした。
結局、モーリスとガミールがやってこないまま一週間の休暇期間が過ぎ、イブラヒムとラーファットに、
「明日、カイロに帰る」
と告げると、イブラヒムが、
「ボク達もカイロに行く!」
と言い出したのにはびっくりしました。
自分達はしばらくカイロに行ってないので、良い機会だからあなたと一緒に行 ってみたい。2、3日で良いから、カイロのあなたのアパートに泊めてくれないか、というのです。
その申し出を聞いたとき、私の脳裏に浮かんだのは、うまくいけばカイロの私のアパートでラーファットとヤレるんじゃないかという想いでした。
ラーファットにはずっと興味はあったものの、結局、アレキサンドリアではチャンスがなく、きれいな関係のまま別れる覚悟をしていたのですが、
一緒にカイロに行きたいという2人の希望を聞いた途端、諦めていた欲望がむくむくと鎌首をもたげてきたのです。
というわけで、私は胸にイチモツを秘めて、2人を連れてカイロに戻ったのでした。
カイロに着いた最初の晩、私は2人をナイル河に浮かぶ船上ディスコ、『オアシス』に連れて行きました。
当時、エジプトではヒルトンやシェラトンなど一流ホテルのディスコは、欧米のディスコと変わりありませんでしたが、ローカル色の強い船上ディスコでは、宗教上の理由からか、男は男同士、女は女同士で踊る習慣でした。
その頃、『オアシス』では、最初、向かい合わせに立って、一緒に180度ターンし、背中合わせになって、互いにお尻を突き出して、お尻とお尻をポンとぶつけるという踊りのステップが流行っていました。
これを男同士、女同士でやるのです(笑)
私はこの「お尻でポン」ダンスがいたく気に入り、『オアシス』に行くと可愛いエジプト人の男の子を見つけてはダンスに誘い、お尻をポンポンしてました。
男は男同士で踊る習慣なので、男が男にダンスを申し込んでもちっともおかしくないのです!
私としては、まず2人を『オアシス』に連れて行き、2人を相手に「お尻でポン」ダンスを十分に踊ってハイな気分にさせてから、アパートに戻って酒を飲ませて誘惑する計画でした。
この計画はうまく行くように思えました。
2人は酒も入らないのに、踊りだけで十分にハイになってしまい、ディスコの帰りのタクシーの中では大声で歌をうたい始める始末です。
そして、隣に座ったラーファットは、私のシャツのボタンの外れたところから手を差し込んで、私の乳首を思いきりつねると、私の顔を見てニヤッと笑ったのです。
アパートに帰ってから、ウィスキーを飲ますと2人はますます陽気になり、3人で歌ったり踊ったりのドンチャン騒ぎ。
気がついたら私とラーファットは抱き合って踊っていて、抱き合った姿勢のまま寝室に入って行き、ベッドに倒れこんだのでした。
コトが終わってから、ラーファットは寝室を出て行き、代わりにラーファットにいわれたらしく、イブラヒムが入ってきました。
しかし、イブラヒムは慣れない酒を飲んで完全に酔っ払っていて、なにかできるような状態ではありませんでした。
元々、彼はラーファットと違って、とてもシャイなおとなしい男の子で、セックスの経験もあまりなかったのではないかと思います。
どっちにしろ、私のお目当てはイブラヒムではなく、ラーファットだったので、イブラヒムにたいしてはなにもせず、彼を居間のソファに寝かせつけて、寝室のベッドで、ラーファットと第2ラウンドを楽しんだのでした。
翌朝、目が覚めたら、隣にラーファットが寝ていて、彼が目を覚まして私を見てニッコリ笑い、「アイ・ラブ・ユー!」といいながら、私に抱きついてキスしてきたとき、私はシアワセの絶頂でした。
彼のような美青年が私を好きになってくれたことが自分でも信じられず、夢でも見ているような気分でした。
その朝、イブラヒムとラーファットは、カイロに住む親戚のおばさんを訪ねるといってアパートを出て行きました。
2人とは午後の1時にタハリール広場で落ち合って一緒に昼食を取る約束でした。
2人が出て行ってから、居間のチェストを見たとき、たしか昨晩、そこに置いてあった現金がなくなっていることに気がつきました。
日本円で5000円位の金額でしたが、イブラヒムかラーファット、おそらく、ラーファットが盗ったに違いないと思いました。
それまでエジプト人の若い男をアパートに泊めるたびに小銭や音楽カセットなどをよく盗られていたので、現金が盗まれたことがわかっても別に驚きはしませんでした。
このエジプト人の手癖の悪さについては、カイロ在住の外国人ホモの間でもよく話題になりましたが、友人のモーリスによると、それはイスラム教徒であるエジプト人の屈折した贖罪意識の表れなんだそうです。
モーリスにいわせると、イスラム教徒であるエジプト人は、コーランが同性愛を禁じていることから、
自分が男とセックスを楽しんでいることを認めたがらず、自分は金のために男とセックスしたのだと思い込みたがる傾向があるのだそうです。
そして、それを証明するために、セックスの代償として相手に金銭を要求したり、あるいは相手の金銭や持ち物を盗んだりするのだそうです。
もちろん、コーランの教えでは盗みも罪なのですが、同性愛に較べるとささやかな盗みの方が罪が軽く、また自分は貧しいから、金持ちの外国人から少々、盗んだとしても神様は許してくださる、と自己正当化できるというのです。
ラーファットにこのような心理的メカニズムが働いたのかどうか判りませんが、もし私とセックスしなければ、私から金を盗ることはなかっただろうという確信はありました。
盗ってくれといわんばかりに目立つところに紙幣を放置しておいた責任もありますし、ラーファットを責める気にはなれませんでした。
しかし、それまで私のアパートに泊まったエジプト人の若い男は全員、一夜限りの関係で、一晩泊まって翌朝、帰りしなに、行きがけの駄賃といった感じで金品を持っていくのが多かったのですが、
イブラヒムとラーファットはこれからあと何日か、私のアパートに泊まる予定なのです。
それを考えると、このまま黙ってなにもなかったことにしておくのは、やはりよくないのではないかと思えてきます。
結局、一人で考えても結論が出ず、友人のモーリスに相談することにしました。
モーリスはアラブ世界に長く住み、私よりもアラビア語がずっと堪能でアラブ人の扱い方にも慣れていたので、良い知恵を授けてくれるのではないかと考えたのです。
ナイル河に沿ったカイロの一等地、ガーデン・シティにあるモーリスのマンションを訪ねると、運よく彼は家にいて、私を出迎えてくれました。
モーリスは私に約束を破ってアレキサンドリアに行けなかったことをすまなそうに謝っていましたが、私がアレキサンドリアからエジプト人の男の子を2人、連れ帰ったと聞くと驚いた顔になりました。
2人が今朝、家を出て行ったあと、チェストの上の金がなくなっていることに気がついたことを話すと、2人を厳しく追及し、もし彼らが金を盗んだことが判明したら、きちんと謝罪させるべきだといいます。
私としては「なにも気がついてないふりをしろ」という助言を期待していたのですが、誇り高き大英帝国の末裔であるモーリスは、
「われわれ文明人には無知なエジプト人に善悪の区別を教える義務があるんだよ」
と重々しくのたまったのでした。
このあと、タハリール広場で2人と落ち合う予定になっているというと、アラビア語がよく話せない私一人では頼りないということで、モーリスも一緒についてきてくれることになりました。
モーリスと一緒にタハリール広場に着いてしばらくすると、広場の反対側からイブラヒムとラーファットがやってくるのが見えました。
2人とも、私が現金がなくなっていることを気づいているなどとはまったく思ってもみない様子で、屈託のない笑顔を見せて、私の方に手を振っています。
私もつい笑顔になって、手を振り返すと、
「なんで笑ったりするんだよ! お前は金を盗られた被害者なんだから、もっと恐い顔をしなきゃダメじゃないか!」
とモーリスに叱られてしまいました。
私達のところまでやってきたイブラヒムとラーファットにモーリスを紹介し、
「実はチェストの上に置いておいたお金がなくなってるんだけど、知らない?」
と訊くと、2人共、そんなことは初めて聞いたといった様子で、「知らない」といいます。
そのあと、モーリスが話しはじめました。
低い抑えた声で、諄々と諭すように話していきます。
ときどき「警察」とか「刑務所」といった単語が聞こえてきます。
モーリスの話を聴くイブラヒムとラーファットの表情が段々と深刻になっていくのが見ていて判りました。
モーリスがどれくらい話したときのことでしょう。それまで平静な態度をとっていたラーファットの顔が突然、クシャクシャになり、泣きながら私の手を取り、
「許してください。ボクが盗りました。」
といって、私の手に口づけしたのです。
私は呆気にとられてそれを見ていました。
なるほど、こういう風に謝るのか・・・
それまでエジプト人にはよく金品を盗られていたのですが、問いつめて白状させたのはそれがはじめてだったのです。
「ラーファットを許してあげて、彼はつい出来心でやってしまったんだよ」
イブラヒムがラーファットをかばいます。
もちろん、私は許すつもりでした。
ラーファットは泣いて謝って(涙は出てなかったけど)、許しを乞うているのです。
そもそもこんなことになったのは、目立つところに現金を放り出したままにしていた私が悪いのです。
しかし、そのとき、その場を仕切っていたのは私ではなく、モーリスでした。
モーリスは当事者である私の意向も聞かずに勝手にイブラヒムと話を進め、イブラヒムとラーファットはこのままタハリール広場に留まって、
私とモーリスが私のアパートに戻って彼らの荷物を取ってくるのを待つという手筈を決めてしまったのです。
気がついたら、私はモーリスト一緒にタクシーに乗り、自分のアパートに向かっていたのでした。
アパートに着いて、ラーファットとイブラヒムの荷物をまとめているとき、寝室のベッドの上にラーファットが脱ぎっぱなしにしていたランニングシャツを見つけました。
手にとって匂いを嗅ぐと懐かしいラーファットの体臭がします。昨晩、愛し合ったときには、一夜限りの関係で別れることになるなんて、だれが想像したでしょう。
思わずそのシャツを胸にかき抱き、「ラーファット!」と彼の名を呼ぶと、モーリスが嗤って、
「お前はフェチか!」
私は今でも、モーリスはラーファットがあんまりイケメンだったのでヤキモチを焼いて、わざと私とラーファットの仲を裂いたのではないかと疑っています(--)
タクシーでタハリール広場に戻ると、心配そうな様子で待っていたイブラヒムとラーファットが私達が乗っているタクシーを見つけて駆け寄ってきて、
タクシーの窓越しに荷物を受け取ると、そのまま別れの挨拶もせずに倉皇として立ち去っていきました。
彼らの姿はあっという間にタハリール広場の雑踏の中に飲み込まれ、見えなくなってしまいました。
それっきりでした。
それっきり、ラーファットは私の前から永久に姿を消してしまったのです。
あまりにあっけない幕切れでした。
しかし、私はアレキサンドリアにいたとき、ラーファットとイブラヒムの写真を沢山撮っていて、その写真はまだ私の手元にあるのです。
その写真に写っているラーファットとイブラヒムは若さに輝き、こちらを見て楽しそうに笑っています。
それを見ると、2人と一緒に過ごしたあのアレキサンドリアでの楽しかった日々が懐かしく蘇ってくるのです。
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by jack4africa | 2008-12-09 00:11
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