2009年 02月 23日
リオで突きまくられて(7) |
結局、私が戻ったのはツチノコ君のところでした。
なんといっても彼は私の大好きな美少年だったし、ほかの売り専系サウナを回るうちに彼のモノがブラジル人としては特に大きくはないことがわかってきて、
黒人達の超巨根を受け入れるのは無理でも、彼のモノならなんとか努力すれば入るのではないかと思えてきたのです。
というのはあとから付けた理由で、本当をいうと、ツチノコ君の美貌の完全なトリコになってしまい、ほかのボーイが目に入らなくなってしまったというのが正直なところです。
彼はムラート(混血)なのですが、多民族国家ブラジルでしか見られない、様々な人種のブレンドによって生まれた超のつく美少年だったのです。
彼とのセックスは苦痛以外の何者でもなかったのですが、それでも彼以外のボーイを指名することは考えられませんでした。
私はリオを発つ最後の日まで、彼のいるPoint 202に通い続け、彼を指名し続けたのでした。
その結果、初回は、前述したように半分しか入らず15分でギブアップ。
2回目は3分の2まで入ったところでギブアップ。
そして3回目についに3度目の正直で全長が入ったのです!
私はあまりの激痛に泣き叫び、とても快感を味わう余裕などなかったのですが、とにかく入ったことは入ったのです。
せめてツチノコ君がもう少し私の身体を気遣って手加減を加えてくれたら、私の苦痛も軽減されたと思うのですが、
このクソガキは、可愛い顔をしているくせにラテン男特有のマッチョ思想にかぶれているらしく、ガン掘り、突きまくりこそが男らしさの証明であるかのように、私が叫べば叫ぶほどガンガン突きまくってきたのです!
このときはさすがの私も頭に来て、終わってからおもわず「サディスト!」っていってやったのですが、それを聞いてふっと笑った彼の横顔は本当に憎たらしいというか、魅力的で...
あんたっていう人は、どこまであたしを苛めたら気がすむのよォ~~
と肩を掴んで揺すぶって、よよと泣きくずれてみたいような・・・・・
私も因果な性分で、同じ美少年でも、おとなしいタイプにはあんまり興味がわかず、いつもこの手の悪ガキにハマッテしまうんですよねぇ。
結局、レイプより和姦に近い形で彼とセックスができたのは私のリオ滞在の最後の日のことでした。
☆ エピローグ:ブラジリアン・エネマグラ
ブラジルから帰国してはや1ヶ月半、リオではツチノコ君というニックネームを付けたサディストの美少年に夜毎、突きまくられて泣かされる(快感ではなく、激痛で!)という、
そういうのが好きな人には羨ましがられるかもしれないけど、私にとっては苦痛以外の何者でもないトホホな体験をしてきたのですが、
その後遺症は思ったより深く、日本に帰国してからも彼に痛めつけられた部分は鈍痛が続き、一時は医者に行こうかと真剣に考えた程です。
昼間、仕事をしているときは忙しさに紛れて忘れているのですが、夜、寝床に入ると否応なく下半身の鈍痛が意識されてきて、
そうすると自然と自分をこんな酷い目に遭わせたあの憎っくきガキのことが思い出されてくるのですが、なぜか彼のことを思い出すと、鈍痛が鈍い痺れたような感覚に変わってくるんですよね。
そしてその痺れた感覚がジワーッと太ももの付け根まで広がってきて、なんだかセツナイような気分になってきて・・・
すると奥の深いところから微かな快感が泉のようにチョロチョロと湧き出てきて、それがひたひたと波のように寄せてきて、おもわずアッ!と小さい声が出そうになって・・・
そうなんです! これってあのエネマグラの感覚なんです!!
「五臓六腑が引き出されるような強烈な快感」という宣伝文句につられて、エネマグラなる器具を購入したのは今から2年近く前。実際に使ってみると、
それなりの快感はあるものの、宣伝文句にあるような強烈な快感は得られず、「やっぱり生がイイ」と思って、何回か使っただけで机の引出しに放り込んだままになっているのですが、
あのタツノオトシゴ状のプラスチック製の器具を挿入しなくとも、ツチノコ君のことを想うだけで同じ快感が得られるのです!
そしてこの鈍痛=快感はなんと帰国後2週間も続いたのです!
2週間を過ぎるとさすがにこの鈍痛もヤワらいできたのですが、それでも鈍い痺れたような感覚は今でもまだ微かに残っていて、時々、軽いエネマグラ快感状態になります(笑)
断っておきますが、私がリオでヤッたのはツチノコ君1人だけで、ヤッた回数も5、6回、大半はあまりの激痛に途中でギブアップしているのです。
それなのに日本に帰国してから1ヶ月半も経つのにまだ身体に余韻が残ってるなんて・・・
恐るべし、ブラジリアン・パワー!!!
やっぱり、ブラジルは上級者向けの国です。
「2004年ブラジルの旅」の目次
by jack4africa
| 2009-02-23 12:13

