2009年 05月 01日
源氏物語の男たち(3) |
源氏物語に登場する男性の中で唯一、G-Menの表紙を飾る資格のある人物は黒髭の大将でしょう。
名前のとおり、黒い髭を生やした筋骨逞しいマッチョな男性ですが、瀬戸内さんによると、
平安時代の女性は、源氏のように女と見まがうような優男を好み、黒髭の大将のようなマッチョは嫌ったそうで、紫式部は彼のことをかなり辛らつな調子で描いています。
この優男を好み、マッチョを嫌う傾向は、平安時代だけでなく、現在の日本女性にも共通して見られるような気がします。
日本を訪れる欧米人の目には日本の若者はみんなホモに見えると聞いたことがありますが、
ヘアスタイルに凝り、眉毛を細く整えて、お肌の手入れをかかさない日本のおしゃれな若者は一見して女性的に見えても、決してホモではありません。
その大部分は、女の子とセックスするのが好きなノンケなのです。
このことは逆に言うと、彼らの相手になる日本の若い女の子がマッチョな男よりも女性的な外見をもつ優男を好んでいることを示しています。
日本の若い娘がキムタクみたいな優男よりもレイザーラモンHGのようなマッチョな男を好むようになれば、日本の若い男も彼女たちの関心を惹くためにせっせとジムに通って体を鍛えるようになるんじゃないでしょうか。
しかし、昔も今も、日本ではマッチョな男はお呼びでないのです
黒髭の大将みたいなタイプが人気があるのは、ホモの世界だけです。
「黒ひゲイ危機一髪」とか(笑)
レイザーラモンHGや小島よしおといったマッチョな芸人がみんなお笑い系になってしまうのはそのせいだと思いますね。
さて、その女にモテない黒髭の大将ですが、彼は源氏の屋敷に住んでいる玉蔓(たまかずら)という若い娘に一目ぼれし、ほとんど略奪婚のような形で彼女をさらっていって自分の妻にしてしまいます。
玉蔓は、かって源氏が愛した薄幸の美女、夕顔の忘れ形見です。夕顔が若くして亡くなったあとは、乳母の故郷の九州に連れられていってそこで育つのですが、
その後、京に上ってきて、源氏に発見され、源氏の屋敷に身を寄せることになります。
源氏としてはそのうちに手をつけて自分の愛人にする算段でいたところにいきなり横から出てきた黒髭の大将にさらわれてしまったわけで、随分と腹立たしい思いをしたでしょうが、もう後の祭りです。
しかし、玉蔓本人にとっては、源氏に手をつけられて遊ばれて、飽きられて捨てられるよりは、無骨だけれど、その分、愛情は深そうな黒髭の大将の妻になった方が幸せだったのではないかという気がします。
しかし、玉蔓が黒髭の大将と結ばれることで不幸になる女性もでてきます。
この時代、貴族の間では一夫多妻が普通で、黒髭の大将にも北の方と呼ばれる妻がいたのです。
彼女は元々ヒステリー気質の精神状態が不安定な女性なのですが、夫の黒髭の大将が玉蔓を新しい妻にすると嫉妬のあまりますます精神が不安定になり奇行を繰り返すようになったので、見かねた兄が実家に引き取ります。
以前、取り上げた「とりかえばや物語」もそうですが、源氏物語も丁寧に読むと平安時代の貴族階級の女性たちの社会的地位の低さがよくわかります。
せっかく男と結ばれて結婚しても、当時は一夫多妻が普通で、夫婦は同居するのではなく夫が妻の家に通う「通い婚」になります。
その結果、夫に飽きられた妻のところには、夫がやって来なくなり、結婚していても寂しい生活を送らなければならないのです。
このような貴族階級の女性たちが置かれた不安定な身分ゆえに、源氏物語は西洋のおとぎ話のように憧れの王子様と結婚して、あとは幸せに暮らしましたというハッピーエンドにはならないのです。
平安時代の理想の王子様である光源氏は浮気者で、次々と女を作り、そのたびに女たちは嫉妬に苛まれ、自分は捨てられるのではないかと不安に怯えるのです。
瀬戸内さんは源氏に恋した女はみんな不幸になっていると書いていますが、源氏物語の続編である源氏の息子、薫の大将を主人公にした「宇治十帖」のテーマが、
ずばり「女は男に頼らずとも生きていけるか」になっているのは、紫式部自身、当時の「男社会」に対して相当、不満を抱いていた証拠だと思います。
現代では女性の地位は平安時代とは比較にならないくらいに上がっていますが、それでも魅力的な浮気男に恋してしまった女性が味わう不幸は変わりません。
源氏物語が書かれてから千年も経って、今なお、読み継がれているのは、そのような現代にも通じる、男女関係で女性が経験する苦しみや悲しみを、
女性として同じ苦しみや悲しみを味わったであろう紫式部が深い同情を込めて書いているからだという気がします。
「昔の日本人」
by jack4africa
| 2009-05-01 01:06

