2009年 08月 21日
フランス馬鹿 |
私が若い頃、外国かぶれした日本人には「アメリカ馬鹿」と「フランス馬鹿」の二種類、あるといわれたものです。
アメリカ馬鹿は、アメリカが大好き、アメリカのことだったら、なんでも興味を持つという人間で、一方、フランス馬鹿は、パリに憧れ、フランスのものだったらなんでも崇拝するという人間です。
パリに憧れ、わざわざパリまで行ってしばらく住んだ私は、フランス馬鹿の一人でした。
パリに住み始めた当初は、緻密な都市計画に基づいて造られた整然とした街並み、マロニエの並木で縁取どられた瀟洒な大通りと、通りに面して散在するしゃれたカフェ、
石造りの凱旋門やノートルダム寺院の重厚な存在感、セーヌ川とそこにかかる橋、河岸の建物で構成される景観の美しさに感動したものです。
フランス人の洗練されたライフスタイルにも魅了されました。
まず着る物ですが、私はフランス人というのは世界で一番、おしゃれな国民だと思っています。
パリに住んだ当初は、フランス人の洋服の着こなしのセンスの良さにカルチャーショックを受けたものです。
洋服が本当に似合っているフランス人をみて、私ははじめて洋服というのは、西洋人の体型に合わせて作られている衣服であるという、あたり前の事実に気がついたのです。
ケチなフランス人は、日本人みたいに次から次へと新しい洋服を買ったりしませんし、そんなに高い洋服も買いません。
その結果、かなり着古した感じの服を着ている人が多いのですが、その着古した感じがなんとも格好良いのです。
くたびれ気味の服が、似合うというレベルを超えて、それを着ている人間と完全に一体化して、その人間のパーソナリティーの一部になっているのです。
たとえば、イタリア人もおしゃれな国民ですが、彼らの場合は、フランス人と違って、服を着ている人間よりも、着ている服の方が目立ってしまいます。
フランス人のさりげない洋服の着こなしとは対照的に、自分はこんな格好良い服を着てるんだぞ!と自慢しているようなところがあって、それが返って野暮に見えるのです。
あとフランス料理も素晴らしかった。
オードブルからデザートまで、次から次へと出てくるディッシュは、どれもこれも本当に美味しくて、栄養のバランスも取れていて、フランス料理というのは、一種の芸術だと思ったものです。
それから、ウィークデイは、パリの中心の共同住宅のアパルトマンに住んで都会的な生活を楽しみ、週末は郊外の田舎の別荘に出かけて田園の雰囲気に浸るという、
都会と田舎の生活を両方、味合うというフランス人のライフスタイルも素晴らしいものに感じられました。
そんなわけで、最初のうちはフランス人の衣食住、すべてが洗練されていることに感嘆し、その趣味の良さに感動していたのですが、ある程度、時間が経つと、
それがどうした!
という気分になってきました。
たしかにフランス料理は美味しいし、フランス人のおしゃれのセンスは抜群なのですが、だからといって、フランス人が人間として特別、優れているわけではないということがわかってきたからです。
たとえば、料理の名人であることを自他ともに認めるフランス人のマダムを知っていましたが、彼女の作る料理はただ単に美味しいだけでなく、
買ってくる人数分の食材をほとんど余らすことなく、オードブルから始めて、デザートを食べ終わったときに食卓にいた人間がすべて腹八分目になるようにぴったりと計算して作られているのです。
そんな素晴らしい才能をもつ彼女でしたが、ひとりの人間としてみた場合、退屈で、まったく面白みのないオバハンでした。
おしゃれなフランス人にしても、中身は意外と平凡な人間が多いことがわかってきました。
フランス人の思考パターンの単純さにも物足りなさを覚えるようになりました。
欧米人から見ると、日本人は自己主張をしないので、なにを考えているかよくわからない不気味な存在に映るそうですが、
逆に日本人の私からみると、おしゃべりで、思っていることをすぐに口に出すフランス人は、なにを考えているか、すぐにわかってしまうため、単純で底の浅い人間に見えるのです。
パリの都市計画のレイアウトやベルサイユ宮殿の庭が直線と円の幾何学形状だけで構成されているのをみればよくわかるように、フランス人は曖昧さを嫌い、何事につけても白黒をはっきりさせないと気がすまない性格です。
すべての物事を白か黒に分類して、白でもない黒でもない中間のグレイの部分を一切、認めないその割り切りようが、曖昧さを好む日本人の私からみるとワンパターンというか、教条主義的にみえるのです。
以前、社民党党首の福島みずほがフランスに行って、当時のフランス社会党の女党首に会って「日本の女性は気の毒ですね」と同情されたという話がありますが、
日本は男尊女卑の国で、女性の社会的地位は低く、抑圧されているというステレオタイプの思い込みをしているフランス人は多いです。
こういう偏見は、フランス人に限ったことではなく、欧米人全体にみられますが、その傾向は、特にフランス人に強いです。
フランスに住んでいるうちに、そんなフランス人の性格に徐々に違和感を覚えはじめ、パリはたしかに美しくて魅力的な都会だけど、
自分はここにいるべき人間ではないとはっきりと感じるようになって、めでたくフランス馬鹿を卒業し、日本に帰国することになったのですが、
結局、フランスに住んでわかったのは、自分はよくも悪くも日本人だということでした。
by jack4africa
| 2009-08-21 00:07
| 海外生活&旅行

