2010年 03月 16日
オリエント急行の美女(3) |
ユーゴスラヴィアとの国境に近いイタリアの町、トリエステに着くと、若い娘1人と若い男2人のユーゴ人3人組が乗り込んできて、車内は急に賑やかになりました。
彼らはユーゴから国境を越えてイタリアに遊びに行った帰りのようで、若い娘はイタリアで買ったらしい靴を箱から取り出して両隣に座っている若者にみせびらかしています。
そのうち歌などうたいだし、わいわい騒いでいましたが、男2人は、娘を残したまま途中の小さな駅で降りていきました。
3人一緒のグループだと思っていたのですが、国境で偶々、出会っただけの関係だったみたいです。
若者2人はプラットフォームからいつまでも娘の方に手を振っていました。
汽車はザグレブを過ぎたあたりから急に込んできました。
どこかの民族衣装らしい、つば広の帽子を被って、紐みたいなネクタイを締めた中年男。がっしりした体格の労働者風の中年男などが次から次へと乗り込んできて、コンパートメントはあっという間に満員になってしまいました。
お陰で、その夜は、最悪でした。
共産圏の国の都市の広場なんかによく建っている労働英雄の像のようながっしりした体格の中年男が私の隣に座っていたのですが、彼が眠りながら私にもたれてくるので、
まるで巨大な岩の下敷きになっているような圧迫感を覚え、夜中に何度も目を覚ます羽目になりました。
何度目かに目を覚ましたとき、車掌がすすり泣いているユーゴ娘をコンパートメントから連れ出しているのが目に入りました。
だれかが、
「チュルキッシュ!」(トルコ人奴が!)
と吐き捨てるようにいっています。
どうやらコンパートメントが満員になって、客同士、密着状態になっているのをいいことに例のトルコ親父がユーゴ娘にちょっかいを出し、それを乗客のだれかが見咎めて、車掌に通報したみたいです。
私はそのまままた眠ってしまい、目が覚めたときは、汽車はもうベオグラードに着いていて、駅に停車していました。
乗客は全員、ベオグラードで降りてしまったようで、コンパートメントには私とパリから一緒に乗っているナナ・ムスクーリ似の彼女の2人しか残っていませんでした。
あのトルコ人のスケベ親父もイスタンブールまで行くはずで、本来ならば、コンパートメントに残っているはずなのですが、
夜中にユーゴ娘にちょっかい出して、乗客のみんなに白い目で見られてバツが悪くなったのか、別のコンパートメントに移動したみたいです。
ベオグラードを出た列車は、単調な平原を走っていました。
暦の上ではもう3月ですが、この辺りはまだ冬らしく、大地には雪が残っていて、空にはどんよりした重い雲がたれこめていて、昼だというのに薄暗く、殆ど太陽の光が差しません。
「憂鬱な景色ばかり続くわね」
前に座っていたナナ・ムスクーリ似の彼女がうんざりしたように言います。
彼女は私が想像していたようにトルコ人でもギリシャ人でもなく、オランダ人で、シルヴィアという名前だと自己紹介しました。
パリに住んで会社勤めをしているそうです。
仕事は翻訳で、5カ国語に堪能だといいます。
趣味はハングライダーとシタールの演奏だそうです(カッコイイ!)
車のルーフキャリアにハングライダーを積み込んで、ヨーロッパ各地を気ままに旅し、崖をみつけたら、そこから飛び降りて楽しむとか。
シタールはインドを旅行したときにハマって、パリでインド人の先生について習っているといいます。
彼女は世界各地を旅行していて、私も旅行好きなので話が弾みました。
この後、私がイスラエルを旅行したのは、エルサレムの旧市街は面白いから、是非、行くべきだと彼女にいわれたからです。
汽車がユーゴスラヴィアを抜けて、ブルガリアに入ったときに、ちょっとしたトラブルが起きました。
ブルガリアの入国審査官が汽車に乗り込んできて、ブルガリアのヴィザ代、50フランを払えというのです。
パリを出発してから、これまでスイス、イタリア、ユーゴスラヴィアを通過してきましたが、どこでもヴィザ代など要求されませんでしたし、
ブルガリアで汽車を降りるならともかく、領内を通過するだけで50フランも取るのはボリすぎです。
「高すぎる」と文句をいったのですが、若い男の審査官は「払え!」の一点張りです。
それで意地悪してわざと500フラン札を出してやると、
「つり銭がない」
といいます。
「だったら、捜して来い!」
といってやったら、そのやりとりを聞いていたシルヴィアが、
「彼とケンカしないで!」
といい、
「ほら、2人分よ」
と入国審査官に100フラン札を差し出しました。
冷静で落ち着いた感じの彼女がめずらしくあせっている様子で、どうしたのかと不思議に思いましたが、あとで理由がわかりました。
彼女から100フランを受け取った入国審査官が出ていってしばらくたったとき、
彼女が
「もう、ここまで来たら大丈夫でしょうね」
と独り言みたいにいい、かけていた大きなフレームの眼鏡を外し、長い黒髪を頭から外しました。
黒髪はカツラだったのです!
黒髪の下はショートカットの茶髪。
ナナ・ムスクーリからジェーン・バーキンに変身した感じです。
正確にいうと、彼女の方がジェーン・バーキンよりもずっと美人でしたが。
呆気に取られている私を見て、彼女がいいました。
あたし、警察に追われてるの。
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by jack4africa
| 2010-03-16 00:02