2010年 12月 14日
身長学 |
明治の文豪、夏目漱石は身長が157センチくらいしかなかったそうです。
1900(明治33)年の17歳の日本人男子の平均身長は157.9センチだったそうで、当時の日本人としては特別、小柄というわけではなく、
日本で暮らしている限り、自分の背丈を気にせずにすんだみたいですが、外国ではそうはいきません。
1900(明治33)年にイギリスに留学するのですが、長身揃いのイギリス人の中に入って、あらためて自分の背の低さを意識させられたみたいです。
通りを歩いているとき、めずらしく背の低い男を見つけ、自分よりも背が低いのではないかと期待したら、すれ違うときに自分よりも背が高いことが判ってガッカリしたとか、
街を歩いていると道端の商店のショーウィンドウにびっくりする程、チビで醜い東洋人の姿が映っているのでよく見たら自分だったとか、
切ないエピソードを書き残しています。
さらに漱石は子供の頃、天然痘に罹り、顔にあばたが残っていたそうで、それで余計に容貌にコンプレックスを持っていたようです。
ロンドン滞在中に「漱石発狂す」と留学生仲間に噂されるほどの重度のノイローゼに陥るのですが、ノイローゼになった一因は、背の低さを含めた容姿コンプレックスにあったかもしれません。
漱石と同じ頃、博物学者の南方熊楠(みなかた・くまぐす)もロンドンに滞在していましたが、こちらは漱石とは対照的に派手で目立つ存在だったみたいです。
漱石のように学歴はなかったものの、その博学ぶりを買われて大英博物館に職を得て働いているときに、同僚のイギリス人が日清戦争のことで日本を貶したので頭に来てそのイギリス人を殴り、それが原因で博物館を辞めたりしています。
熊楠は漱石と違ってイギリス人を含む白人にまったくコンプレックスを持っていなかったようですが、その理由は彼が背が高く、イケメンだったからではないかと私は愚考しています。
残っている写真を見る限り、白人と見まがうような彫りの深い顔立ちの白皙の美青年で、当時としては大男で、身長も175センチくらいはあるように見えます。
漱石と熊楠を比較すると、日本人が海外で生活する場合、背が低いよりも高い方が楽しめるんじゃないかという気がします。
背が低いと楽しめないというわけではないのですが・・・
今回、この稿を書くにあたって思い出したのですが、フランスのパリに住んでいた若い頃、よく一緒につるんで遊んでいた仲間で、現在もパリに住み続けている日本人の知り合いが2人います。
偶然かもしれませんが、一人は身長が180センチ、もう一人は186センチあります。
フランスはイギリスと違って小柄な人間もけっこういるので、私としては、164センチしかない自分の背の低さをそれ程、気にしていなかったつもりなのですが、
もっと背が高かったら、日本に帰国せずに、彼らみたいにずっとパリに住み続けていたかもしれません。
私自身は日本ほどいい国はないと思っているので、日本に帰国したことについては、まったく後悔していないのですが。
これとは反対に外国人が日本に住む場合、背が低い方が暮らしやすいかも知れません。
日本家屋に住んだ場合、あんまり背が高いと頭を鴨居にぶつけたりしますからね。
明治時代、日本にやってきて日本が気に入り、日本人になってしまった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、ギリシャ系アメリカ人ですが、身長は160センチしかなかったそうです。
彼が日本を好きになって日本に永住することを決心したことと、彼の背の低さは微妙に関係があるような気がします。
日本文学研究家として知られていて、日本で亡くなったアメリカ人のエドワード・サイデンステッカーも身長が168センチしかなかったそうで、アメリカ人としては相当、小柄です。
もう一人、日本文学研究家として知られているアメリカ人にドナルド・キーンがいますが、この人の身長は判りませんが、やはり低い方じゃないかという気がします。
そういえば、デーブ・スペクターもチビでしたね(笑)
「身長学」という学問があったら、面白いんじゃないかと思ふ今日、この頃です。
by jack4africa
| 2010-12-14 00:02
| 海外生活&旅行

