2006年 04月 11日
小学校での英語の必修化 |
文部科学省が小学校での英語の必修化の方針を打ち出し、それに対して東京都の石原知事が「小学校で英語を教える必要はまったくない。
小学校では英語ではなく日本語をしっかり教えるべきだ」と反対しているという話を聞きましたたが、私は都知事の意見に全面的に賛成です。
まったく、文部科学省はなにを考えているんでしょうね。
あたり前ですが、言語というのはコミュニケーションの手段であって、それを学ぶこと自体が目的にはなり得ません。
重要なことは英語を話せるようになることではなく、英語を使って何を話すかです。
話すだけの中味を持たない人間が英語を話せるようになったとしてもなんの意味もありません。
イラク戦争が始まった頃、NHKの女性記者がイラクの戦場まで出向き、アメリカ軍の広報官にインタビューしているのをテレビのニュースで見たことがあります。
この女性記者、NHKによくいる帰国子女らしく発音だけはやたらとネイティブぽかったのですが、米軍の広報官の話にアッハンとかウッフンとか相槌を打ちながらうなづくだけでまったく突っ込みを入れないんですよね。
こういう女に限って、英語で相槌を打つのがうまかったりするのですが、米軍の記者会見で、ブロークンな英語で、米軍のスポークスマンが返答に詰まって絶句するような鋭い質問を放つアラブ人の記者とは対照的です。
日本とアメリカの間で貿易摩擦が激化していた1980年代の終わりから90年代の初めにかけて、アメリカのテレビ番組に積極的に出演して日本の立場を擁護した当時のソニー会長、故盛田昭夫氏の英語はお世辞にも流暢とは言えず、発音も完全に日本人の発音でしたが、向こうの論客と堂々、五分に渡り合っていました。
英語自体はへたくそでも、アメリカ人でも一理あると認めるような中味のある発言をしていたからです。
そのような中味のあることが言える人間に子供を育てるには、まず第一に母国語である日本語の基礎をみっちりと子供に叩き込む必要があります。
英語なんて日本語がちゃんと話せて、読み書きできるようになってから勉強すれば良いのです。
そもそも、日常、生活や仕事の場で英語を話す必要のある日本国民は、全体の一割もいないでしょう。大多数の日本国民は英語なんか話せなくても何の支障もなく日常生活を送っているのです。
小坂文科相は石原都知事に反論して「インターネットのコンテンツの9割は英語だ」といったそうですが、それはインターネットの創成期の頃の話で、現在ではウェブサイトの4割が英語以外の言語のサイトで占められていると聞いています。
今から10年ほど前、インターネットが普及し始めた頃には「これから始まるインターネット時代には英語を話せない人間は生き延びることができない」などとよくいわれたものです。
実際には、どうなったか?
当然のことながら、日本語のサイトが続々と登場し、アマゾンドットコムのような日本市場を重視する海外の商業サイトは早々と日本語サイトを立ち上げ、おまけに翻訳ソフトという便利なものまで出てきて、英語なんかできなくても十分にネットを楽しめるようになったのです。
だいたい私も含めて大多数の日本人の見る英語サイトは殆どがエロサイトでしょう。エロサイトは英語なんか判らなくても十分、楽しめるのはみなさんよくご存知の通りです。
言語というのは人間を作り上げます。
日本人の子供は母語である日本語を学ぶことによって日本人に特有の感性や美意識、思考回路を身につけ、日本人としてのアイデンティティーを形成し、日本人として成長していくのです。
まだ日本語の基礎が固まっていない小学生のときに英語を教えたら、英語も日本語も中途半端な落ちこぼれの帰国子女みたいになってしまう危険があります。
「国際人になるには英語が必要だ」などとアホなことをいってる輩がいまだにいますが、そういう言葉を口にすること自体、いかに国際感覚に欠けているか、わかってないんですかね。
日本人としてのアイデンティティーをしっかりと形成できていない人間、日本人であることに誇りをもてない人間、
そんな人間が外国に行っても、その国のマトモな人間には相手にされませんヨ!
by jack4africa
| 2006-04-11 00:46
| 日本と日本人

