2012年 05月 11日
男歌・女歌 |
日本の歌謡曲には男歌、女歌というジャンルがあります。
女性歌手が男言葉を使って男心を唄うのが男歌、男性歌手が女言葉を使って女心を唄うのが女歌で、前者の代表としては美空ひばりの「柔」、後者の代表としては森進一の「女のためいき」を挙げることができます。
このようなジャンルの歌は日本の歌謡曲に特有のもので、欧米ではみられないといいます。
欧米では女性歌手が歌っている曲を男性歌手がカバーする場合、歌詞を男性が歌っているように修正し、女性歌手が男性歌手の曲をカバーする場合は、女性が歌っているように修正するのだそうです。
つまり、欧米の場合は、歌っている歌手の性別と歌の内容が合致しているわけです。
欧米では男と女の境界がきっちりと分かれているので、男性歌手が女のふりをして女心を切々と唄ったりしたら、即、ゲイのレッテルを貼られてしまうのでしょう。
実際、欧米ではゲイバーの余興で女装した男性が口パクで女性歌手の持ち歌を唄うのがお約束になっていますし、
洋の東西を問わず、ホモ(ゲイ)がカラオケで女性歌手の持ち歌を唄いたがる傾向があるのも事実です。
一度、バンコクのゲイサウナのカラオケルームで、髭面の逞しいオヤジがホイットニー・ヒューストンのGreatest Love of Allを熱唱しているのを見かけたことがありますが、ホモというのはいくら髭を生やしていても心はオンナなのです。
そういうわけで、みずからの男らしさのイメージが傷つくことを極端に怖れる欧米人の男性歌手の場合、女歌を唄うことなど思いも及ばないようなのですが、
逆にいうと、平気で女歌を唄う日本の男性歌手は自分が女っぽく見られることにそれほど抵抗がないともいえます。
この日本の歌謡曲の男歌、女歌と関係があるのかどうか知りませんが、日本伝統の詩歌である和歌にも男歌と女歌があるそうです。
和歌の世界では男の作者が詠む男らしい歌を男歌と呼び、女の作者が詠む女らしい歌を女歌と呼ぶそうですが、男の作者の詠んだ歌の中にも女歌のような女らしい歌があるといいます。
たとえば、万葉集に最も多く歌が収録されている歌人の大伴家持(おおとものやかもち)ですが、この人は大変な美男子で、女性にモテたそうで、女性との間に多くの贈答歌を交わしています。
彼は男性の友人との間でも贈答歌を交わしているのですが、それらの歌は、なんの予備知識もない人間が読んだ場合に、男女間で交わされた恋歌であると勘違いしてしまうような内容なのです。
例として、万葉集に収録されている、大伴家持と同性の友人である大伴池主(おおとものいけぬし)が交わした贈答歌を紹介します。
越前国に赴任した大伴池主は、年上の友人である大伴家持と離ればなれになったことを嘆いて、次のような歌を家持に贈っています。
桜花今そ盛りと人は言へど我れはさぶしも君としあらねば 大伴池主
[桜の花は今が盛りだと人は言うけれど、私は寂しいのです。貴方と一緒じゃないから]
これに対して大伴家持は次のような返歌を返しています。
我が背子が古き垣内の桜花いまだ含めり一目見に来ね 大伴家持
[君が前に住んでいた古い屋敷の桜の花は未だ蕾のままだよ、一目見においでよ]
もうひとつ、やはり万葉集から、大伴池主が離ればなれになった大伴家持を恋しがって贈った歌。
うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む
〔敬愛する貴方がなでしこの花であればいいのに。そしたら毎朝見るのに〕
家持は年下の同性の友人である池主を「我が背子」と呼び、池主は年上の同性の友人である家持を「背の君」と呼んでいますが、
辞書によると「我が背子」も「背の君」も、女性が自分の夫や恋人を親しみを込めて呼ぶ言葉なんだそうです。
それではなぜ男である家持と池主がこのような女性が男性に対して使う言葉を用いて歌を詠んでいるのか。
この疑問に対する唯一、説得力のある解答は、「二人がそういう関係だったから」というものでしょう。
この贈答歌を交わしたとき、家持は30歳くらい、10歳年下の池主は20歳くらいで、二人はイトコ同志で、上司と部下の関係だったといいます。
しかし、男性の部下が男性の上司をなでしこの花に譬えて、毎朝、見ていたいなどと思うでしょうか。
上司の顔なんて、仕事以外は見たくもないと思うのが普通でしょうが、この二人が恋人同士だったとすると、話は違ってきます。
実際、前記した贈答歌はどうみても恋歌にしかみえません。
家持も池主も女性が用いる「我が背子」や「背の君」という言葉を使うことで、自分を女の立場において、恋しい男に対する心情を吐露していると考えると、彼らが「我が背子」や「背の君」という言葉を使っている意味がはじめて理解できるのです。
万葉集にはほかにも男性の作者が「我が背子」や「背の君」という言葉を使って詠んでいる歌があるそうですが、
このような伝統が現在の歌謡曲の男歌や女歌に引き継がれているとしたら、その歴史は古いといえます。
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by jack4africa
| 2012-05-11 00:01

