2012年 07月 06日
インド・ラダックの旅(8) |
☆ レー王宮跡
ラダック滞在、最後の日にレー王宮跡を見学しました。
宿泊しているゲストハウスから遠くない王宮跡に行くのをレー滞在の最後の日まで延ばしていたのは、この王宮がかなり高い丘の上に建っていて、身体が高地に馴れるまで登るべきではないとガイドブックに書かれていたからです。
実際、オールドラダックと呼ばれる貧民窟みたいな半分壊れかかったような家がごちゃごちゃ建ち並ぶ旧市街から王宮の入口に辿りつくためには、急な勾配の石段を登らなければならず、
これまで訪れたゴンパの石段を上るよりずっと大変でした。
これは王宮が城塞を兼ねているためで、敵が攻めにくくするためにわざとこのような高い丘に王宮を建てたのだと思われます。
王宮は現在、完全な廃墟になっていますが、入り口には切符売り場があって、100ルピーの入場料を取られます。
内部には多くの部屋がありますが、みんな空っぽです。
屋上からはレーの街並みが一望の下に眺められます。
この王宮跡を夜、ライトアップしたら綺麗だろうなと思いましたが、毎日のように停電が起こるレーでは無理でしょう。
まだ観光シーズンが始まったばかりで、観光客の姿はあまり多くなく、しかも観光客の半分以上がラダック以外の地方からやってきたインド人の観光客でした。
この日の午後、Ramayuruレストランで夕食を取ったときに会った日本語が少し話せる亡命チベット人二世の男性から聞いたところによると、数年前にラダックを舞台にしたインド映画が封切られ、それ以降、インド人の観光客が増えているのだそうです。
「今、インド人は稼いでいるからな」
チベット人二世の男性はちょっと悔しそうな顔でいってました。
インドはここのところ経済発展が目覚ましく、そのお蔭で富裕階層のインド人が増えているそうですが、その一方で相変わらず、貧しいままのインド人も多く、貧富の格差の拡大が社会問題になっているそうです。
その亡命チベット人二世は、はっきりとはいいませんでしたが、失業中で仕事がないようでした。
彼はまたレーに沢山いるカシミール人の商人について、
「あいつらは外国人観光客からボルだけでなく、土着のラダック人からもボルんだよ」
と悪口をいってました。
カシミール商人はラダックに限らず、インド中どこでも外国人観光客が集まるところには必ず店を開いていて、絨毯などを売っているのですが、
ラダックの場合は、かってチベット系のラダック王国が隣のカシミール藩国と戦争して負けてカシミール藩国に併合されたという歴史があり、ラダック人はカシミール人にたいしてあまり好い印象を持っていないようでした。
カシミールといえば、インドとパキスタンが領有権を争っている紛争地ですが、そもそもの紛争の発端は、
1947年に英領インドが独立するときに、イスラム教徒の多いパキスタンとヒンズー教徒主体のインドに分離独立したことにあります。
このときにカシミール藩国は、インドに帰属するか、パキスタンに帰属するかどちらかの道を選ばなければならなかったのですが、その決定権は藩主(マハラジャ)にありました。
カシミール藩国のマハラジャはヒンズー教徒だったために、彼はインドに帰属する道を選んだのですが、住民の大半はイスラム教徒であったために、彼らはこの決定を不服として、パキスタンの協力の下に、この決定を覆そうとします。
その結果、カシミールの帰属をめぐってインドとパキスタンの間で戦争が起こるのですが、第一次印パ戦争、第二次印パ戦争、第三次印パ戦争と続いて、現在は一応、休戦状態にあります。
ただし、パキスタン側から侵入してくる武装テロリストとインド軍の交戦が続いているので、外国人観光客がカシミールに入ることは許されていません。
前述の亡命チベット人二世によると、去年は情勢が安定していて、ラダックからカシミールの州都、スリナガルまで車で行くことができたそうですが、
今年はイスラム過激派の爆弾テロが起こって、道路は閉鎖されているとのことでした。
さらにこの地域は中国との国境紛争も起こっていることから、軍事的に非常に重要な地域になっていて、ラダック一帯には軍事基地が置かれ、レーの町でもインド兵の姿をよく見かけます。
国境紛争以来、ラダックは外国人の立入りは禁止されていたのですが、ラダック人は自給自足の農民として物質的には貧しくとも幸せに暮らしていたといいます。
ところが、1974年に外国人の立入りが解禁になって、多くの外国人がラダックを訪れるようになった結果、ラダックに貨幣経済がもたらされ、
近代化が進んだお蔭で、かってはラダックには存在しなかった大規模な環境破壊やインフレ、失業問題などが発生しているそうです。
これら近代化に伴う様々な問題によって、かっては仲良く暮らしていたイスラム教徒と仏教徒の間でもしばしば衝突が起こるようになったといいます。
つまり、現在のラダックにはインドの他の地域と同様、貧富の格差の問題や環境破壊、失業問題、宗教間の対立などが存在するわけで、
ラダックが一部の人間のいうような理想郷では決してないことは、短期間しか滞在しない旅行者の私でも感じ取ることができました。
続く
「2012 インド・ラダックの旅」
by jack4africa
| 2012-07-06 00:01