2013年 02月 26日
台湾ドラマ『孽子(ニエズ)~Crystal Boys』 |
公開:2003年製作:台湾公共電視台
原作:白先勇
監督:曹瑞原
出演:柯俊雄(李父)柯淑勤(李母)范植偉(李青)張捷(幼年李青)楊祐寧(趙英)金勤(小玉)阿鳳(馬志翔)龍子(庹宗華)楊教頭(丁強)呉敏(張孝全)老鼠(呉懐中)
名作の評判高い台湾のテレビドラマ「孽子(ニエズ)」をやっとみることができました。
このテレビドラマは日本語版DVDが発売されていますが、5枚組ボックスがAMAZONで3万円近くするので、ちょっと買うのはシンドイなと思っていたところ、
最近、Youtubeに全20話がアップされて、ようやくみることができたのです。
ただしYoutube版は中国語の字幕しか付いてなくて、各回の内容を詳しく説明したブログを参照しながらみました。
「孽子」(1/20 ~ 20/20)
http://www.youtube.com/user/chonghaojushi/videos
主人公の少年、阿青(アチン)は台北郊外の街に外省人の父と内省人の母と年の離れた弟の4人家族で暮らしていますが、母は旅回りの歌舞団の一座でトランペットを吹いている若い男と駆け落ちしてしまいます。
その後、台風の夜、雨に濡れた弟が熱を出し、肺炎であっけなく死んでしまいます。
弟を失って悲しみにくれる阿青は、学校の化学の実験室で前から好きだった同級生の趙英(ジャオイン)と抱き合っているところを用務員に見つかり、破廉恥行為を犯したとして学校を退学になってしまいます。
阿青の父は激怒し、阿青を家から追い出してしまいます。
家を追い出された阿青は、新公園(現在の二二八公園)に行き、そこで自分と同様、家出した少年たちと出会います。
というようなストーリーなのですが、ゲイの少年とその友人たちが主役になっているにもかかわらず、私はこのドラマを「ゲイドラマ」とは呼びたくありません。
「まだ今のようにゲイの人権が認められていなかった70年代の台湾で、ゲイであるがゆえに差別されて苦しむ若者たちの物語」
といった感じのゲイリブ的なイデオロギーに矮小化した薄っぺらい解釈でこのドラマをみて欲しくないからです。
このドラマはもっと普遍的な「父親の愛情を切望しているにもかかわらず、それを得られずに悩む息子」という人類全般に共通するテーマを扱っているのです。
この「孽子(ニエズ)」をみて思い出したのは、アメリカ映画の「エデンの東」です。
ジョン・スタインベック原作で、エリア・カザン監督のこの作品は、主役を演じたジェームス・ディーンが一躍、人気スターに躍り出たことで知られています。
あらすじは次のとおりです。
1917年、カリフォルニアの小都市サリナスで農場を経営するアダムには、アーロンとキャルという双子の息子がいますが、
アダムは真面目で優等生タイプの兄のアーロンばかり可愛がり、弟のキャルには冷たかったので、キャルはひねくれた性格の人間になってしまいます。
そんなキャルに優しく接するのが、幼馴染で、兄のアーロンの恋人、アブラでした。
ある日のこと、キャルは死んだと聞かされていた母親が生きていて、隣町の売春宿の女将をしていることを知ります。
その頃、父親のアダムは、野菜を冷凍して東部へ送り込む計画に夢中になっていて、キャルは父親の歓心を買うために熱心にその仕事を手伝います。
しかし、冷凍野菜を積んだ貨車が雪崩で立ち往生して野菜が解け、この仕事に全財産をつぎ込んでいたアダムは大きな損失を蒙ります。
その頃、ヨーロッパの戦火(第一次大戦)はますます拡大し、アメリカの参戦は時間の問題になっていました。
戦争のお蔭で豆の値段が上がっていることに目をつけたキャルは、父が蒙った損害を補おうとして豆を買い占め、値上がりするのを待って売り、大儲けします。
父のアダムの誕生日に、兄のアーロンは父への贈りものとしてアブラとの婚約を報告します。父はその婚約をとても喜ぶのですが、
キャルが贈りものとして豆を売って稼いだ5000ドルを差し出すと、戦争を利用して稼いだ金など受け取れないと拒絶してしまいます。
キャルは父のためにと思って稼いだ金を父から拒絶されて傷つき、アーロンまで父と一緒になって自分を罵しるのを聞いて怒りを爆発させ、
アーロンを売春宿の女将をしている母親のところに連れて行き、「これが俺たちの母親だ」とアーロンに告げます。
それまで自分が考えていたのとは正反対の母親の姿を見て衝撃を受けたアーロンは、戦争反対の平和主義者であったにもかかわらず、軍隊に志願し、ヨーロッパ戦線に旅立って行きます。
それを知った父のアダムはショックで倒れ、半身不随になってしまいます。
病院のベッドに横たわるアダムを見たアダムの友人の保安官のサムは、キャルに向かって、
「カインはアベルを殺して、エデンの東に去った。お前もここから立ち去れ」
というのでした。
最後のセリフからわかるようにこの物語は、旧約聖書の創世記に出て来るカインとアベルの話を下敷きにしています。
カインとアベルは、最初の人間であるアダムとイヴの間に生まれた兄弟で、カインは農耕を行い、アベルは羊を放牧するようになります。
ある日、二人は各自の収穫物をヤハウェの神に捧げます。
カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げますが、ヤハウェはアベルの供物にだけ目を留め、カインの供物は無視します。
嫉妬にかられたカインはアベルを野原に誘い出して殺害します。
このカインによるアベルの殺害は、人類最初の殺人だといわれていますが、カインはこの罪により、エデンの東にあるノドの地に追放されます。
「エデンの東」で、ジェームス・ディーンが演じたキャルと「孽子(ニエズ)」の阿青の境遇はよく似ています。
二人とも母親は夫と子供を捨て男と駆け落ちしています。
またキャルの父親のアダムは兄のアーロンばかり可愛がりますが、阿青の母親は弟ばかり可愛がります。
そしてキャルは兄のアーロンを戦地(死地)に追いやりますが、阿青は弟が病気になったとき、弟に付き添って介抱しないで、友人の家に遊びに行っていたために弟が死んだのではないかという罪の意識を抱き続けます。
実際、再会した母親は「お前が弟を殺した!」といって阿青を責めたてるのです。
そして最後には、二人とも家を追い出されます。
「孽子(ニエズ)」は「罪の子」という意味だそうですが、阿青はキャルと同様、カインの末裔なのです。
キャルはその後、どこに行ったのかわかりませんが、阿青が辿りついたエデンの東は、同性愛者が集まる新公園でした。
阿青は、新公園で自分と同じ年頃の3人の少年、小玉(シャオユイ)、小敏(シャオミン)、老鼠(ラオシュウ)と出会って友人になるのですが、
阿青を含めてこの4人の少年に共通しているのは、全員が父親がいないか、いても縁が薄いことです。
小玉は、継父の暴力に耐えかねて家を出、米兵相手のバーのホステスをしている叔母のアパートに転がり込んでいますが、日本に住んでいるというまだ見ぬ実父に憧れていて、いつか出会うことを夢見ています。
小敏は、阿青と同様、母親に捨てられ、父親は刑務所に入っています。
小敏は父親的な年上の恋人、張さんと同居して献身的に尽くしていますが、小敏に飽きた張さんは小敏に家から出て行くようにいいます。
張さんに捨てられた小敏は、手首を切って自殺を図ります。
彼がそこまで思い詰めたのは単に失恋したからではなく、父親と同一視していた張さんに捨てられて絶望したからでしょう。
その後、小敏は刑務所から出所してきた父親と一緒に故郷の町に戻りますが、彼はその父親にも捨てられ、新公園に舞い戻ってくるのです。
最後の手癖の悪い少年、老鼠(ラオシュウ)は孤児で、父母は死んでいて、親代わりの兄の厄介になっていますが、兄から日常的に暴力を振るわれています。
この父親のいない4人の少年たちの父親役を務めるのが新公園で易者をしている楊教頭です。
彼は少年たちと師弟の契りを結んで、彼らの師父になります。
日本でいう師弟関係は単なる先生と生徒の関係でしかありませんが、中華圏の場合はもっと濃密な義理の親子関係を意味するそうで、
いったん、師弟の契りを結ぶと弟子は師匠の命令に絶対、服従で、その代わりに師匠は弟子の面倒を親身になってみるのだそうです。
この楊教頭も、少年たちが悪いことをすると叱りつけたり、困っているときは助けたりと細々と世話を焼きます。
楊教頭のほかにもこのドラマには、父親の愛情に飢えている少年たちに父性的な愛情を注ぐ代理父的なキャラクターの年配の男が何人か登場します。
そのほか重要な登場人物には、阿青と愛し合うことになる龍子(ロンズ)がいます。
彼は実際に殺人を犯していて(殺したのは兄弟ではなく、年下の恋人ですが)、その結果、軍の高官である父親からアメリカに追いやられます。
彼もまた「罪の子」(カインの末裔)なのです。
このドラマをみていて気がつくのは、父親の存在感の大きさとそれに反比例した母親の存在感の薄さです。
一番、詳しく描かれるのは、阿青の母親のエピソードですが、彼女は夫と子供を捨てて男と駆け落ちするような女性で、母性的なところはあまりありません。
ほかにも何人かの母親が登場しますが、物語の本筋には関係ない脇役的な存在です。
反対に父親の方は、阿青の父親も、龍子の父親も、後半に登場する同性愛者の息子が自殺したという過去を持つ老爺子も、ドラマにおけるその存在感は非常に大きいです。
毎回、ドラマの冒頭で、阿青の父親が阿青を殴り、蹴りつけて家から追い出すシーンが繰り返し流れるのですが、これはこのドラマが父と子の葛藤のドラマであることを強調する演出でしょう。
このドラマに登場する息子たちが父親に拒絶されながらも、あくまでも父親の愛を切望するのは、台湾が欧米と同じ父系社会だからです。
父系社会では、息子にとって、母親よりも父親の方がずっと重要なのです。
日本は基本、母系社会なので、台湾とは逆で、家庭における父親の存在は薄く、反対に母親の存在が圧倒的に大きくなります。
そのため、日本では「エデンの東」やこの「孽子」のように父親に愛されないことで悩む息子の物語は殆ど存在せず、
代わりに下村湖人の「次郎物語」のように母親に愛されているかどうか確信を持てなくて悩む少年の話が多いのです。
実際、我々日本人にとっては、父親に愛されるよりも母親に愛されることの方がずっと重要です。
心理学者の岸田秀先生は、日本社会の各分野で成功し、名を挙げている人には、幼年時代に母親と死別するか、何らかの事情で生き別れになった人が多いといっています。
岸田先生によると、彼らは母の愛を知らないという心の空白を埋めるために仕事に励み、結果的に成功するんだそうです。
というようなわけで母系社会に生きるわれわれ日本人にとって、このドラマに登場する息子たちの父親を想う切ない心情はもうひとつピンと来ないのですが、
いずれにせよ、このドラマは父と息子という人類共通の普遍的な関係を描いているわけで、そのようなドラマに「ゲイドラマ」というレッテルを貼ってドラマのサブテーマでしかない「同性愛」を強調することは、メインテーマである父親と息子の関係を脇に追いやってしまうことになります。
実際、台湾ではこのテレビドラマは、ゲイの視聴者だけでなく、一般視聴者からも好感をもって迎えられ、多くの賞を受賞したと聞いています。
このドラマが単なる性的嗜好を超えた人間の本質を描いているからでしょう。
このドラマには、台湾の若手俳優が総出演していて、「花蓮の夏」の張孝全(ジョセフ・チャン)や「僕の恋、彼の秘密」の楊祐寧(トニー・ヤン)や金勤(キング・チン)、「セデック・バレ」の馬志翔(マー・ジーシアン)などが重要な役を演じています。
私の御贔屓の陳柏霖(チェン・ポーリン)も第18話のバーのシーンでちょこっと顔を出しています。
主役の阿青を演じる范植偉(ファン・ジーウェイ)は、このドラマで初めてみたのですが、阿青を演じるために生まれてきたんじゃないかと思うほど適役です。
彼は眼の力がとても強いんですね。あの眼でじっと見つめられると、もう…
これら若手の俳優たちを取り囲むようにベテランの俳優陣が配置されていますが、中でも阿青の父親を演じた柯俊雄 (ホー・チョンホン)の印象が強烈です。
このドラマを支えているのは彼だといっても過言でないほど、圧倒的な存在感を示しています。
台湾では有名な俳優だそうですが、たしか今村昌平の「女衒」(1987)で、倍賞美津子扮するからゆきさんを身請けする中国人のギャングのボスを演じていました。
このドラマ「孽子(ニエズ)」は、台湾の公共テレビである公共電視台製作だそうですが、台湾のテレビドラマの質の高さに驚かされます。
NHKもくだらない韓流ドラマや大河ドラマを放送する暇があったら、これくらいのドラマを作ってみろ!っていいたいですね。

Crystal Boys(孽子・ニエズ) narrated by keybo
周華健-傷心的歌[范植偉+楊佑寧]
by jack4africa
| 2013-02-26 00:00
| 世界の映画&音楽

