2013年 03月 19日
ゲイリブという奇妙な生き物 |
昨年10月に私のブログのファンだというKと名乗る人物からメールが来て、一度、会いたいというので、のこのこ出かけていったら、
「実は一人暮らしのホモの男性のためのNPOを計画しているので、協力してくれないか」
といわれ、なんか騙されたような気分になって、協力を断わった話を以前、このブログに書きました(「私はただの市井のオカマです。変な期待はご免です」を参照)。
そのとき、そのKという人物の話ぶりから見て、彼がゲイリブではないかという疑いを抱いたのですが、その後の調査で、バリバリのゲイリブであることが判明しました。
なぜゲイリブのくせして、その事実を隠し、日頃からゲイリブを目の敵にしている私に近づいて来たのか、いまだにその理由がわからないのですが、
生のゲイリブと会って話をしたのは生まれて初めての経験で、
「なるほど、こういう人間がゲイリブにハマるのか」
と納得した部分もあって、ここであらためて私が見たゲイリブにハマっている人間の特徴を書き出してみたいと思います。
その1:特定の相手と1対1のパートナー関係を結ぶのがゲイとしての正しい生き方だと考えている
最初にKが私にメールをくれたとき、
「ボクには20年以上、一緒に生活しているパートナーがいます」
と書いてきたのですが、私は「もの好きな人間もいるなぁ」と思っただけで、そのときはなんとも感じませんでした。
そして実際にKと会ったとき、彼が、
「ボクはパートナー以外の人間とは浮気しません」
とさぞ大事なことであるかのように重々しくいったときも、
「浮気するっていっても、そのご面相ではなかなか相手がみつからないんじゃないの?」
と茶々を入れたくなっただけでした。
彼はPLOのアラファト議長を色黒にしたようなふた目と見れないブオトコで、イケメンならともかく、こんなブオトコが浮気もへったくれもないだろうというのが正直な私の感想でした。
そのときに紹介された彼のパートーナーというのは彼よりも年下で(といっても40代だそうですが)、短髪小太りで、内股で尻を振って歩く典型的なイカホモ系でした。
その晩、彼らとは何時間も一緒に飲んだのですが、私に話しかけてくるのはKだけで、イカホモが話しかけてくることは一度もありませんでした。
彼は私とKが話している間、メニューを見て追加の料理や酒を注文していましたが、私たちの会話に加わることはまったくなかったのです。
私のみるところKとそのパートナーであるイカホモは対等の関係ではなく、完全な主従関係にあって、Kはイカホモをアゴでこき使っているように見えました。
もし二人がそのような関係で満足しているのであれば、他人の私がとやかくいうことではありませんが、少なくとも、私の目には彼らが魅力的なカップルに見えなかったことは確かです。
彼らに限らず、私がこれまで会ったホモのカップルで、魅力的と感じたカップルは一組もいません。
外国ではどうか知りませんが、日本でカップルになっているホモは圧倒的にブオトコが多く、私にはモテないブオトコ同士、一緒になって傷をなめ合っているとしかみえないのです。
それにも関わらず、Kが自分たちが20年以上もカップルとして生活していることや、お互いに貞操を守っていることがさぞ立派なことであるかのように自慢するのは、
「ゲイというのは、特定の相手と1対1の関係になって、同性婚すべきである」
というアメリカのゲイリブ教の教えを信奉しているからでしょう。
しかし、私みたいなゲイリブ信者でない人間には、そんなことはなんの意味も持たず、
それがどうした!
としか言えないのです。
その時点では、私はまだ彼らがゲイリブだとは知らなかったので、カップルであることを自慢するKに向かって、
「私なんかずっと一人暮らしで、もう完全に一人暮らしに慣れてるので、今更、だれかと一緒に生活するなんて、どんな好きな相手でも無理ですね」
などといってしまい、あとから考えると、それがKの不興を買ってしまったようなのです。
その2:ゲイであることをカミングアウトするのが正しいゲイの生き方であると信じている
Kが、
「ボクとパートナーが住んでいるマンションの隣の部屋の住民も、その隣の部屋の住民も、そのまた隣の部屋の住民もみんなボクらがゲイのカップルであることを知ってます」
と自慢そうにいったときも、カミングアウト至上主義者でない私は、
「それはそれは、ご苦労なこって」
と思っただけです。
しかし、Kが、
「ボクたちのどっちがタチか、どっちがウケかで、近所のオバサンたちが噂しているみたいですよ」
と嬉しそうにいったときには、その神経を疑いました。
そんな下品な噂話のタネになることで、
「自分たちはゲイとして、地域のコミュニティーに受け入れられている」
とでも思っているのでしょうか。
私なんか、自分をめぐって周囲でそんな噂話をされるなんてとても我慢できませんけどね。
そもそも、なんでそれほどまでして自分たちがホモであることをノンケ連中に認めてもらう必要があるのか、私にはさっぱり理解できません。
ノンケが我々ホモに向かって、「自分たちが女好きなことを認めてくれ」と頼んだりしますか?
しないでしょ!
それがなんで我々ホモの方から卑屈になって、ノンケに「認めてもらう」必要があるんですか?
日本で同性愛が法律で禁止されているのであればともかく、日本では同性愛は禁じられていないし、欧米キリスト教圏みたいなゲイバッシングもありません。
それで十分じゃないですか。
そういう同性愛者に対して寛容な日本の状況を無視して、盲目的にアメリカのゲイリブの生き方をサル真似するから、そんな滑稽なことになるのです。
その3:ゲイリブ運動が始まるまで、日本のホモは隠花植物のようにコソコソ隠れて生きてきたと信じている
一緒に飲んでいるときに、Kが何度も、「今晩は年上のゲイの方のお話が聞けて有益です」というのも不愉快でした。
別に年寄り扱いされて、不愉快になったのではありません。
そうではなくて、Kが、
「日本のホモは昔は隠花植物のように人目を憚ってコソコソ隠れて生きてきたけれど、ゲイリブの運動が起こったお蔭で、ゲイであることを堂々と主張できるようになった」
というゲイリブが掲げる「ゲイリブ進化論」ともいうべきトンデモ理論を信じていて、私のことをホモがコソコソ生きていた時代の生き残りのようにみていることがわかったからです。
「サベツなんて最初からなかった」にも書きましたが、昔から日本では、ホモに対する差別なんて存在せず、昔も今と同様、ホモは自由に生きていました。
日本の歴史をちょっと勉強すればわかりますが、日本では古代から男色の伝統が連綿として続いていて、少なくとも、江戸時代までは男色は女色と並ぶ性愛の形態として認められていました。
明治の開国に伴って、同性愛を罪とする欧米のキリスト教的価値観が日本に流入してきましたが、そのような思想が日本の庶民の間にまで浸透するには時間がかかり、明治や大正までは学生の間で同性愛はフツーに行われていました。
日本で同性愛が変態性欲としてみなされるようになったのは、日本が同性愛を罪悪視するキリスト教原理主義国家であるアメリカとの戦争に負けて、アメリカに占領されるようになってからです。
しかし、そのような時代であっても、日本ではアメリカのように同性愛が法律で禁止されることはなかったし、三島由紀夫の「禁色」を読めばわかるように、
終戦直後から東京にはゲイバーやホモのハッテン公園があって、日本のホモは何不自由なくホモ人生を楽しんでいたのです。
日本でゲイリブの運動が起きて唯一、変わったことは、「子供のとき、女性的だったので、みんなから苛められて苦労した」などと愚痴をこぼしてみんなに同情してもらおうと考える情けないホモが出て来たことです。
昔のホモはみんな、ホモに生まれてきた運命を自分で引き受けて、強く生きていましたから。
そういう意味では日本のホモは進化するどころか、退化しているのですが、幸いにしてゲイリブの運動にハマるホモは全体としてはごく一部で、大半のホモは社会に適合してまっとうに働いて生きています。
その4:訳ありの家庭環境で育っている
何度も言いますが、私は最初にKとそのパートナーに会ったとき、彼らがゲイリブであるとは知りませんでした。
そのため、Kに対しても、私はゲイリブの悪口をいろいろとしゃべっていたのですが、私の話を聞く彼の顔が段々とこわばってくるのが見ていてわかりました。
そして私が何気なく「ゲイリブにハマるのは、親に愛されなかった人間ですヨ」といったとき、彼の形相が変わりました。
それから彼はケンカ腰になって次から次へと私に議論を吹っかけてきました。
酔っぱらっていたので、議論の内容まではいちいち覚えていないのですが、彼の議論を私がひとつひとつ論破していくと(友人によると、私は酔っぱらっていても、理路整然と話すんだそうです)、
最後に「このクソジジイが!」と吐き捨てるようにいい、それからも私に対して失礼な言葉をいろいろと口にしていました。
私としては、私のブログのファンだというから会いに行っただけで、そんなケンカ腰の議論を吹っ掛けられるなどとは思ってもいなかったので、当然のことながら、非常に不愉快な気分になりました。
翌日、Kからメールが来て、失礼なことを言って申し訳ありませんでしたと謝ってきましたが、そのメールには、
「父親が酒と女にうつつを抜かし、家庭を顧みず、母親が女手ひとりで自分たちきょうだいを育てた。。。」
などという自分の惨めな生い立ちに関する愚痴が延々と書かれていてウンザリしました。
そういえば、彼は一緒に飲んでいるときに私の父親がどんな人間だったかと訊いてきて、私が「マイホーム主義者だった」と答えるとガッカリした表情になっていました。
もしかしたら、彼は私の父親も彼の父親と同様、家庭を顧みない父親であることを期待していたのでしょうか?
そして互いに愚痴を言い合って、傷のなめ合いをしたかったのでしょうか?
馬鹿ばかしい!!
このKというのはもう50代の初老の男なんですよ。
いい年こいて、自分の生い立ちの不幸をいつまでもひきづっていて、会ったばかりの人間に不幸自慢するなんて、最低ですヨ!
私は以前から一部のホモがゲイリブにハマるのは、同性愛とは直接、関係のない、本人の家庭環境や親子関係に問題があるせいではないかと疑っていたのですが、まさにこのKがそういうタイプの人間だったわけです。
その5:平気で嘘をつく
Kは最初のメールで、「ボクはあなたのゲイリブに対する考え方にすべて賛成です」と書いてきました。
ゲイリブである彼が私のいうことにすべて賛成なんて有り得ないでしょうが!
彼はこんな風にして、最初は私のブログのファンを装って私に近づいてきて、後出しジャンケンみたいに、独居男性のためのNPOを計画しているので協力して欲しいと言い出したのです。
なぜ、最初にそれを言わなかったのかと問い詰めると、彼は最初からNPOの話をしたら断わられると思ったからだと答えました。
彼は、私のブログの「ゲイの老後のためのNGOは必要か?」という記事を読んで、私がこの種のNGO に反対の立場を取っていることを知っていたのです。
ようするに、彼は私を騙して呼び寄せたのですが、そのことをあまり悪いことだと感じていないようでした。
自分はカワイソーな独居老人のホモを救うという立派な計画を持っているのだから、その実現のためには少々嘘をついても構わないだろうという、独りよがりの傲慢さがそこには感じられました。
それで思い出したのは、ゲイリブの連中が日本に存在もしないゲイバッシングをねつ造した事件です(「日本のゲイリブが起こした10のでっちあげ事件(2)」を参照)。
ゲイリブにしてみれば、自分たちは日本の同性愛者を解放するという崇高な使命を帯びているのだから、その過程で多少のごまかしをしても許されると考えたのでしょう。
しかし、NPOなんて信用が一番、大切なんじゃないですか?
それでなくとも、最近、貧しい独居老人を喰い物にした「貧困ビジネス」で稼いでいる悪質なNPOの存在が問題になっているのです。
私は、Kみたいな自分の都合のためなら平気で嘘をつく人間が運営するNPOなんて絶対に関わり合いたくないですけどね。
そういえば、昨年は東京のゲイパレードの主催者からもメールが来て、私がゲイリブ嫌いであることを知っている筈なのに、ゲイパレードを見に来ないかと誘ってきました。
最近はゲイリブも自分たちが一般ホモから嫌われていることがわかっていて、私みたいなゲイリブ嫌いを広言する人間を抱きこんで、自分たちの計画するプロジェクトからゲイリブ臭をなくそうと目論んでいるのかもしれません。
by jack4africa
| 2013-03-19 00:00
| ゲイリブという幻想

