2015年 01月 06日
アフリカで会った朝日新聞記者 |
従軍慰安婦のねつ造記事を書いた元朝日新聞記者の植村某が非常勤講師を務める北海道の大学に対して非難や抗議のメールや電話が殺到しているそうです。
この元朝日新聞記者は、自分が書いたねつ造記事が日本という国家と日本人の名誉が大きく傷つけたことを棚に上げて、
家族の名前までネットに晒されて攻撃されているなどと被害者ぶって語っているそうですが、
彼のやったことは万死に値し、本来ならば、一族郎党、磔の刑に処すべきところで、日本で生きていられるだけで有り難いと思うべきしょう。
1970年代の初め、西アフリカで朝日新聞の記者に会ったことがあります。
当時、西アフリカでは干ばつが続き、餓死者が出ているというニュースが世界を駆け巡っていて、彼は特派員として西アフリカまで取材にきていたのです。
彼はフランス語が話せなかったので、私は彼がアフリカにいる間、通訳として彼のために働いたのですが、
ニジェールの首都ニアメからモーリタニアの首都ヌアクショットまで飛行機で一緒に移動したとき、驚くべきことが起きました。
私たち二人は飛行機の進行方向左側の二列の座席に並んで座っていたのですが、スチュワーデスがワゴンを押しながら食事を配りにきたとき、
通路側の座席に座っていた彼がさっと手を伸ばして、制服の上から、彼女の下腹部を触ったのです。
下腹部を触られた大柄な黒人スチュワーデスは、一瞬、不快そうな顔をしましたが、何も言わずに通り過ぎて行きました。
そのとき、私は彼がスチュワーデスに痴漢を働いたとすぐには信じる気にはなれませんでした。
なんといっても、彼は旧帝大出のエリートの朝日新聞の記者なのです。
何かの間違いではないかと思ったのです。
しかし、食事のあと、スチュワーデスがトレーを回収しにきたとき、彼がまた手を伸ばしてスチュワーデスの下腹部を触るのを見るに及んで、
私はやっと彼が意図的にセクハラを行っていることに気が付いたのでした。
私が隣に座っているのを知りながら、彼が平然とそのようなセクハラ行為に及んだ裏には、黒人に対する蔑視の感情があったのではないかという気がします。
もしスチュワーデスが黒人ではなく、白人であったならば、彼はここまで大胆にスチュワーデスの股間に触れることはなかったのではないかと思うのです。
彼は2週間ほど西アフリカに滞在して日本に帰国しましたが、しばらくして朝日新聞の論説委員とやらになり、署名入りの記事などを書いてました。
彼の行為を目撃したことは、新聞記者には品性下劣な人間が多いという私の確信を強めることになったのでした。
公平を期して付け加えておきますが、私がアフリカで会った朝日新聞記者の中にはちゃんとした人もいました。
アルジェリアの首都アルジェで会った牟田口義郎さんは、俳優の岡田英次に似た紳士的な方で、話し方もインテリぽいというか、上品な人でした。
牟田口さんは、朝日新聞のカイロ支局長を勤めていた方ですが、彼の前任のカイロ支局長だった酒井伝六さんには、ザイールの首都キンシャサで会いました。
この人は西アフリカで会った朝日新聞記者ほど品性下劣ではなかったけれど、牟田口義郎さんほど上品でもなかったです。
彼はそのとき、朝日ジャーナルという週刊誌に連載するピグミーの記事の取材を終えてキンシャサに戻ってきていたところでしたが、
話を聞いてみると、彼はゴマというウガンダ国境に近い白人が多数、住む町のホテルに10日ほど滞在して、
そのホテルに宿泊している観光客目当てに装身具などの土産物を売りにくる観光ピグミーと会っただけで、ピグミーの住むジャングルには一歩も足を踏み入れていないのです。
そんな簡単な「取材」で、果たしてピグミーに関する記事など書けるものだろうかと疑問に思ったのですが、
朝日ジャーナルの編集部も同様に感じていたみたいで、
「編集の連中がそんな短い取材で長期の連載ができるかどうか心配してるんだけど、大丈夫、まかしとけ!といってやってるんだよ」
と豪語していたのを思い出します。
実際、その後、彼は日本に帰国して、朝日ジャーナルに「ピグミーの世界」という記事を長々と連載し、連載後はその記事をまとめて1冊の単行本として出版したのです!
週刊誌に彼が連載していた記事を読んで、私は場末の安食堂のオヤジが、細長い鉛筆の芯のような物体に衣を少しずつ足しながら、中身が殆どないエビ天を揚げるテクニックを思い出しました。
そういう意味では、彼は「プロ」の物書きであるといえなくはないと思いますが、
ピグミーに描かせたという子供の落書きみたいな稚拙な絵を、「ピグミーアート」と称して麗々しく紙面で紹介しているのには呆れました。
昔の日本では、新聞記者は羽織ゴロと呼ばれて軽べつされたそうですが、その本質は現在でも大して変わっていないのではないかという気がします。
本日のつぶやき
イスラムを揶揄嘲笑する風刺画を繰り返し掲載したフランスの週刊誌の事務所がイスラム過激派に襲撃されて、12名の犠牲者を出すというショッキングな事件が起こりました。
テロ行為はもちろん非難されるべきですが、悪意のある風刺画を使って執拗にイスラムを攻撃した週刊誌側にも問題があったのではないでしょうか。
以前、やはり風刺画をよく掲載するフランスの別の週刊誌がサッカー日本代表のゴールキーパーの川島選手の手が4本生えている合成写真を掲載して「フクシマの影響だ」と書いて問題になったことがあります。
本来、風刺画というのは、それをみる人間を笑わせるのが目的だと思うのですが、この手のフランスの週刊誌の風刺画に共通するのはユーモアのセンスに欠けていることです。
笑いを誘わない、描き手の悪意しか感じられない風刺画は、風刺画として二流だし、そのような風刺画を掲載するメディアも二流で、そんな二流メディアが表現の自由の名を借りて、調子に乗ってやり過ぎたのが今回の悲劇の元だと思います。
つぶやき2
アルジャジーラによると、今回の事件でイスラム過激派によって射殺されたフランスの警官は、アラブ系のイスラム教徒だったそうですが、フランスのメディアはこの事実を意図的に報じていないそうです。
つぶやき3
今回、イスラム過激派の攻撃を受けたシャルリーエブド紙の前身の雑誌が私がフランスにいるとき、キオスクで見かけるたびにうんざりさせられたエログロナンセンス雑誌「HARAKIRI」だったことが判りました。まともなフランス人であれば絶対手にしないような悪趣味極まりない雑誌で、その雑誌で仕事をしていた編集長や漫画家がそのままシャルリーエブド紙で仕事をしていたのだそうです。
つぶやき4
表現の自由に関するフランスのダブルスタンダード:イスラムを茶化すことは許されるけれど、ユダヤ教を冒涜することは許されない
https://www.youtube.com/watch?v=3N_hRKkVAtA
by jack4africa
| 2015-01-06 00:20
| アフリカの記憶