2015年 02月 17日
シリアの思い出 |
最近、日本人人質事件などでなにかと話題に上るシリアですが、私は2011年1月にシリアを旅行しました(「2011年 シリア&ヨルダンの旅」を参照)。
シリア騒乱の発端となった民衆蜂起が起こる直前でしたが、私が訪れたときはシリア国内は平和そのもので、旅行するのに何の支障もなかったです。
シリアは前アサド大統領(現アサド大統領の父)の時代までは社会主義的な経済政策を取っていたものの、息子である現アサド大統領になってからは、市場開放の自由主義経済を押し進めるようになったそうで、
ダマスカスやアレッポなどの伝統的なスーク(市場)には、日用品や食料品が豊富に出回っていて、社会主義国家にありがちのモノ不足は感じられませんでした。
またシリア国内では衛星テレビが完全に自由化されていました。
建物の屋上にはパラボラアンテナが林立し、どんな安ホテルに泊まっても、部屋のテレビで海外を含む、何百というチャンネルのテレビ番組を自由に視ることができました。
またキリスト教徒が多く、アサド政権が世俗主義的でイスラム原理主義を押さえつけているせいか、カイロなどと較べるとダマスカスやアレッポではスカーフを被っていない女性の姿が目立ちました。
国内をバスで移動するときなど、乗車前にいちいち警官にパスポートを見せなければならないという面倒はありましたが、その分、治安は良く、夜一人で街を歩いていても危険はまったく感じなかったです。
驚いたのはダマスカスでゲイハマムが堂々と営業していたことです。
マレーシアやインドネシアなどの東南アジアの戒律の緩いイスラム国家ならともかく、中東のアラブ国家でゲイ向けの施設が存在するのは珍しいです。
カイロやイスタンブールにもゲイハマムはありますが、こっそりと営業していて、内部で乱交が行われているという理由で、よく警察の手入れを受けています。
ダマスカスのゲイハマムはカイロやイスタンブールのゲイハマムとは異なり、施設は綺麗で、内部の照明が非常に明るく、アルコーブなどのスペースにはドアが付いておらず、外からよく見えるようになっていました、
また客は腰布をしっかりと腰に巻き付けることが義務づけられていました。
つまり、ハマム内部での乱交等を予防する措置がしっかり取られていて、その一方で、同性愛者の健全な社交場としてのゲイハマムの営業は認められているわけで、これは非常にスマートなやり方だと思いました。
もう一つの驚きは、シリアの男たちのイケメン率が非常に高く、また彼らがとても親切だったことです。
これだけイケメンが多く、しかも親切な人間が多い国は、私の知る限り、シリア以外ではブラジルとイースター島くらいです。
私は特にシリア北部の都市アレッポが好きでした。
アレッポはとても活気のある商業都市で、ダマスカスが東京だとすると、アレッポは大阪といった感じで、人々は陽気で人懐っこかったです。
今、ニュースの映像で瓦礫と化したアレッポの街並みを見ると茫然とし、アレッポで泊まっていたホテルの陽気なスタッフや、アレッポ城で一緒に写真を撮った愛らしい少年たち、
道端でガイドブックを開いていたら、「何かお手伝いできますか?」と流暢な日本語で親切に尋ねてくれたハンサムなシリア人の青年などアレッポであったシリア人のことを思い出し、今、彼らはどこでどうしているだろうと考えると暗澹たる気持ちになります。
先日、在シリア日本大使を務めた元外交官である国枝昌樹著「報道されない中東の真実」という本を読みました。
著者によると、2010年末にチュニジアで起こった「ジャスミン革命」がエジプト、リビア、シリアへと飛び火し、2011年3月からシリア各地で反政府デモが起こったそうですが、
デモの参加者は、政府に対してより多くの政治的自由や改革を求めていたものの、アサド政権を打倒することまでは考えていなかったといいます。
それが政府軍と反政府武装勢力の泥沼の内戦に発展したのは、シリア国内の民衆蜂起をアサド政権打倒の好機とみた外部勢力がシリア国内の反政府武装勢力を積極的に支援して武器を供給したからだそうです。
ここでいう外部勢力とは、イランと同盟関係にあり、レバノンのシーア派民兵組織ヒズボラを支援しているアサド政権の存在を快く思わないアメリカを初めとする欧米諸国や、
イスラム教シーア派のイランと対立しているサウジアラビアやカタールなどスンニ派イスラム諸国をいいます。
これらの外国がシリアの反政府勢力を支援する一方で、ロシアとイランは政府軍を支援して武器を供給したことから、シリア国内の騒乱がアメリカ対ロシア、あるいはサウジ対イランの代理戦争に発展してしまったのだそうです。
当初、欧米諸国や反シーア派イスラム諸国はアサド政権は数ヵ月で倒れると楽観視していたそうですが、予想に反してアサド大統領はしぶとく持ちこたえ、
逆に反政府勢力側は仲間割れを繰り返し、穏健派の反政府勢力が過激派に呑み込まれ、ISのようなイスラム過激派組織の台頭を招いてしまいます。
シリアでは、アサド大統領の任期切れに伴って、2014年6月3日に大統領選挙が実施されるのですが、投票率は73.42%で、アサド大統領は88.7%の高得票率で3選を果たしたそうです。
シリア国民は、アサド政権に対して様々な不満はあるものの、保守的な宗教勢力が政権を握るよりはマシだと考えたのだと著者はいいます。
実際、ISに占領された地域の悲惨な状況をみると、シリア国民がアサド政権の方がまだマシだと考えたのは当然という気がします。
ISの台頭については欧米諸国にも責任の一端はあります。
私はアルカイダもISも裏でアメリカ政府が操っているという、ネットで流布している陰謀論には与しませんが、
アルカイダの起源を遡ると1980年にアフガニスタンに侵攻したソ連軍に抵抗するためにアメリカが組織し養成したイスラムゲリラに行き着き、ISがアルカイダから分岐した勢力であることも事実です。
またヨーロッパ各国の現地社会に溶け込めず、疎外感を味わっているイスラム系移民2世の若者が大挙してISに参加している事実をみれば、
ヨーロッパ諸国の移民政策の失敗のツケをシリアやイラクの国民が払わされているということもできます。
欧米諸国やスンニ派イスラム諸国は、反政府勢力の中でも穏健派を支援し、過激派は支援しなかったといっていますが、
反アサド陣営が支援していた穏健派といわれる自由シリア軍は腐敗していて、上記諸国が穏健派に提供した武器が過激派勢力に転売されることも多かったといいます。
つまり、反アサド陣営は、穏健派の自由シリア軍を支援することで、間接的に過激派勢力の増大を後押ししていたというのです。
そして皮肉なことに、過激派武装勢力ISの勢力が増大し、彼らが占領地域で暴虐の限りを尽くすようになるに及んで、
それまで反政府勢力を支援してきたアメリカをはじめとする有志連合は、ISの支配地域をせっせと空爆するようになり、結果的にアサド政権を支援する形になっているのです。
オバマ大統領は最近、イランとの関係改善に動いて、サウジやイスラエルを怒らせていますが、イランと同様、「ならず者国家」と呼んで敵視してきたシリアのアサド政権とは関係を改善する気はないみたいで、
ISは空爆するけれど、あくまでもシリアの穏健派の反政府勢力を支援してアサド政権の打倒を目指すと言明しています。
しかしこの本の著者によると、シリア各地では政府軍と反体制武装グループの間の停戦合意が進んでいて、反アサド陣営が支援している自由シリア軍は実体のない存在になりつつあるそうです。
私はいまだになぜアメリカがイラク戦争を起こしたのかよく理解できないでいるのですが、
様々な民族や宗教宗派から成るイラク国民を強権でもって押さえつけていた独裁者のサダム・フセインを倒すことで、現在のイラクの分裂と混乱を招いてしまったことを考えると、
アサド政権を倒してシリアをイラクと同じような無政府状態にする愚は避けるべきでしょう。
シリアに一刻も早く、平和が戻ることを祈るばかりです。
本日のつぶやき
祝!日韓通貨スワップ協定終了!!

つぶやき2
デンマークで開かれた表現の自由に関する集会をイスラム教徒が襲撃 毎日新聞
表現の自由ではなく、イスラム教徒を侮辱する自由でしょう。
by jack4africa
| 2015-02-17 00:01
| アラブ・イスラム世界

