2006年 07月 17日
メキシコのバーニョ |
「百聞は一見にしかず」という言葉がありますが、今年(2006年)の2月にメキシコに旅行しなければ、メキシコ人の大半がインディオとインディオと白人の混血であるメスティーソであることを知らないままで済んでいたでしょう。
白人はメキシコの全人口の10%しか占めず、それも北部に固まって住んでいるそうで、私が訪れたメキシコ・シティーやアカプルコでは純粋な白人は稀にしか見かけませんでした。
そしてそのような人種構成の結果、現在のメキシコ文化の基層をなしているのはインディオの文化であって、スペイン人が持ち込んだ西洋文化は表層的なものに留まっているという印象を受けました。
たとえば、トウモロコシの粉を水で溶いたものをクレープ状に焼いたトルティージャと呼ばれるメキシコ人の主食ですが、これは元々、先住民のインディオの食べ物であって、スペイン人がメキシコに持ち込んだものではありません。
またメキシコ・シティーの歴史地区と呼ばれるスペイン人が造った旧市街の通りは、地べたに敷いたビニールシートの上にバッタもんのCDやDVDを並べて売る露天商で埋め尽くされていて、タコスなど売る屋台なども出ていて、建物は西洋風であるにもかかわらず、雰囲気はとてもアジアチックでした。
実際、メルカードと呼ばれる市場に並ぶ、商品が雑然と積まれた小さな店舗の前に立っていると一瞬、自分がインドにいるような錯覚を覚えたほどです。
メキシコで、ゲイサウナではなく、バーニョという公衆浴場が男同士のSEXを求める男たちのハッテン場として発達してきたという事実は、メキシコにだけ見られるユニークな現象で、このことはメキシコにおける西洋文化の影響が限定的なものであることと無関係であるとは思えません。
バーニョと呼ばれる公衆浴場は、水道設備が整備されるようになった19世紀の終わりから20世紀の初めにかけてメキシコの大都市に登場し、自宅にバスタブを持たない庶民階級のメキシコ人によって利用されるようになり、20世紀始めには、それまで水浴といえば、川の水で身体を洗うしかなかった農村地域にも普及するようになったそうです。
現在では、水道設備の普及の結果、自宅に風呂を持つ家庭が増えて、大都市ではバーニョの数も減りつつあるそうで、このへんは内風呂の普及により銭湯を利用する客が減り、銭湯の数が減っている日本の状況に似ています。
しかし、日本の銭湯と同様、地域住民の社交場としてのバーニョの存在価値はまだ完全に消え去っていず、また自宅に風呂を持たない貧しい労働者階級のメキシコ人にとっては、バーニョはまだまだ必要な施設に留まっているそうです。
さらにメキシコ人のホモにとっては、バーニョは男との出会いのための貴重なハッテン場の役割を果たしています。
Eduardo Davidというメキシコ在住のアメリカ人が書いた『GAY MEXICO』という本によると、メキシコでは、男同士のセックスを求める男たち(必ずしもゲイとは限りません)の大半は、ゲイバーやディスコに足を踏み入れた経験が一度もないのだそうです。
労働者階級の男たちは、ゲイバーやディスコで遊べるだけの経済的余裕がありませんし、そういう場所に出入りする姿を知り合いの人間に見られて「ホモ」の烙印を押されてしまう危険もあります。
一方、バーニョは、日本の銭湯と同様、メキシコの庶民の生活に完全に溶け込んでいて、男たちの社交場になっているため、土曜の午後などに男が一人でバーニョに行っても、仲の良いアミーゴに会いに行くのだろうとおもうだけで、誰もあやしみません。
その結果、男とのセックスは求めるけれど、ホモあるいはゲイと見られることは望まないメキシコの男たちの多くはバーニョに行くことになり、一部のバーニョが自然とホモのハッテン場になったみたいです。
メキシコシティーには客の大半がホモという実質的にゲイ・バーニョが何軒か存在しますが、そういうバーニョでもタテマエとしては一般向けの公衆浴場として経営されていて、そのようなバーニョの経営者がゲイサウナのように、ネットのゲイ関連のサイトに広告を出したり、自分の店のウェブページを作ってゲイの客を呼び込むようなことはありません。
実際、ゲイガイドで、ゲイが集ると紹介されているバーニョに行ってみたら、共同湯には子供連れのノンケのメキシコ人の客が沢山来ていて、
「これのどこがゲイ・バーニョやねん!」
といいたくなることもありました。
またゲイが集るバーニョの多くには、女風呂も併設されています!
ということで、メキシコには完全なゲイ・バーニョというものは存在せず、客の殆どがお仲間であるバーニョから、ホモの客とノンケの客の割合がほぼ半分ずつのバーニョ、そしてホモの殆どいないバーニョまでグラデーションになっているみたいです。
ただ、どんなバーニョにもホモの客は大抵一人はいて、獲物を物色しているそうです!
あと共同湯には大抵、高温のスチームバスと低温のスチームバスの2つのスチームバスがあるのですが、ホモの客とノンケの客が半々のバーニョでは、客たちの暗黙の了解で、高温スチームバスがノンケの客、低温スチームバスがホモの客という使い分けが行なわれているそうです。
このことは、一般のメキシコ人は、バーニョにホモがいたとしても彼らを排斥せず、その存在を許容していることを意味します。
父親に連れられてそういうバーニョにやってきた男の子が、好奇心から父親に隠れてこっそりとホモ用の低温スチームバスに入って、そこで行われている行為をのぞき見したりすることもあるそうです。
更に、前記の著者はその著書で面白いエピソードを紹介しています。
彼にはメキシコの地方の小さな村で育ったメキシコ人の友人がいて、その村では、村人たちは毎週、土曜日に、村に一軒の公衆浴場に集って社交を楽しむ習慣があったそうです。
そのメキシコ人の友人は子供の頃からオカマとして知られていて、バーニョに行っては相手を物色していたそうですが、ある日のこと、2人の少年が、どちらが彼とヤルかでケンカになり、1人の少年が、「今日はボクが彼をFUCKする番だよッ!」と大声で叫び、そこにいたオトナ全員が、少年たちの父親や母親も含めて大笑いしたそうです。
こういう大らかさはインディオ固有のもので、征服者であるスペイン人がもたらしたものでは絶対にないと思いますね。
新大陸にやってきたスペイン人は、先住民のインディオの間に広まっていた同性愛の習慣を嫌悪し、それがスペイン人による先住民虐殺の動機のひとつになったといわれているほどですから。
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by jack4africa
| 2006-07-17 22:48

