2006年 07月 25日
福島次郎 「三島由紀夫-剣と寒紅」(1) |
遅まきながら、表題の本を読みました。
この小説の作者、福島次郎は若い頃、三島由紀夫と同性愛関係にあった人で、この本が平成10年に発売されたときは、三島との赤裸々な情交の描写が話題になりました。
そのうちに読もうと思っていたら、小説の中で三島の私信を無断で公開したのが著作権侵害にあたるとして三島の遺族が訴えて、出版禁止になってしまいました。
それで読む機会をなくしていたのですが、先日、近所の図書館に行ったら書架にあったので早速、借りてきて読んだ次第です。
読み終わった感想ですが、こんな面白い小説を読んだのは久しぶり、と思えるほど面白かったです。
なんといっても作者は実際に三島由紀夫と肉体関係があった人で、それも一回や二回の行きずりの関係ではない、深い親密な関係で、
そういう人間しか見ることのできない素顔の三島由紀夫が生々しく語られているのです。
さらに作者は、一時期、三島邸で住み込みの書生までやっていて、三島由紀夫だけでなくその両親とも親しくしていたので、
「家政婦は見た」じゃないけど、外部の人間にはわからない三島家内部の人間関係も詳しく描かれています。
三島を官僚にすることを望んだ俗物の父親とそんな夫に幻滅し、夫に背いて三島が小説家になることを助ける少女趣味の母親、
三島が小説家として成功し、家族が経済的に豊かになると文句を言わなくなる父親、両親から完全に無視されている三島の弟、
嫁姑の関係にある三島夫人と三島の母親の仲が悪く、三島が死んだときに母親が「これで嫁に取られていた息子が自分のもとに戻った」と喜んだこと、
三島夫人の方は夫と福島の仲を感づいていて、福島にたいして瞋恚の炎を燃やしたこと、など次から次へと面白い話が出てきます。
しかし、これは巷間、いわれているような単純な暴露小説ではありません。ちゃんとした小説というか文学作品になっています。
なぜ、文学作品になっているかというと、まず第一に作者の福島次郎が実力のある小説家だったということです。
彼はこの本が出るまで世間的には無名の作家でしたが、九州の地方都市で高校教師をしながらずっと地元の同人誌に小説を書き続けてきた人で、平成8年には「バスタオル」という小説で、芥川賞候補にもなっています。
もうひとつ、この小説は作者の福島次郎が書かずにはいられなかった小説だったということです。
三島の遺族の反発は当然、予想していたでしょうが、それでも書かずにいられなかった、その切羽詰まった心情が行間に溢れていて、それが読む者の共感を呼ぶのです。
作者の福島次郎は、昭和5年、熊本に父親を知らない私生児として生まれ、母親ではなく大叔母に育てられるという複雑な家庭環境に育っています。
昭和22年に大学に入るために上京するのですが、当時、福島よりも5歳年上の三島由紀夫はすでに「仮面の告白」で文壇デビューを果たして流行作家になっていて、雑誌に「禁色」を連載中でした。
福島は実際の体験こそないものの、自分が同性愛者であることは自覚していて、三島の小説「禁色」に「ルドン」という名で出てくるゲイバーに行きたいと思い、三島由紀夫の家に訪ねていきます。
応対に出た女中に、
「先生の『禁色』という小説に出てくるルドンという店は、どこにあるのでしょうか。教えて頂きたくて参りました。ひとこと教えて貰えれば、すぐに帰りますのでおねがいします」
と書いた便箋の入った封筒を渡したら、応接間に通されて、三島本人が出てきて親しく口を利いてくれたので感激するのですが、さらに驚いたことには、そのまま食事に誘われて一緒に外出することになるのです。
後年、三島由紀夫は、そのときのことを振り返って、
「先生の文学に感激しています」
とか、
「先生の文学の弟子にして下さい」
などと世間一般の文学青年みたいなことをいわずに、いきなりゲイバーの名前を尋ねてきたので、面白いと思って会う気になったと述懐したそうですが、
福島が自分に似たひよわな肉体の文学青年などではなく、大柄でがっしりした体格の田舎出の純朴な青年だったのが気に入ったのでしょう。
しかし、皮肉なことに三島が愛したこの純朴な田舎出の青年は、同時に文学青年でもあって、三島と別れたあと小説を書くようになり、その小説で三島が被っていた仮面を剥ぎ取って、その正体を暴いてしまうのです。
この三島由紀夫と福島次郎という師弟関係というか恋人関係にあった2人の男の「愛と裏切りのドラマ」は、それだけでも十分に面白いのですが、それを当事者であるプロの作家の福島が書いているので尚更、面白いのです。
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by jack4africa
| 2006-07-25 01:16

