2006年 08月 15日
独仏関係 |
1995年に63歳で亡くなったフランスの映画監督、ルイ・マルは早熟の天才で、若干24歳で処女作『死刑台のエレベーター』を監督して衝撃のデビューを飾り、その後も『恋人たち』、『地下鉄のザジ』、『私生活』等、映画史に残る秀作を立て続けに発表しました。
76年にアメリカに渡り、ブルック・シールズ主演の『プリティ・ベビー』などの作品を撮りますが、この作品をはじめとしてアメリカで撮った作品は駄作ばかりです。
87年にフランスに戻るのですが、アメリカに行く前に撮った『ルシアンの青春』(1973)とアメリカからの帰国直後に撮った『さよなら子供たち』(1987)の2本の作品は単なる映画の枠を超えた大きな意味を持つ作品でした。
この2本の作品で、マル監督は戦後、フランスで信じられていた神話、第二次大戦中、ドイツ軍占領下のフランスで、フランス国民はレジスタンスと呼ばれた抵抗運動を展開し、ドイツ軍に勇敢に抵抗したという神話を打ち砕きました。
ドイツ軍に抵抗したフランス人は全体から見ればほんの一部で、大半のフランス国民はドイツ軍によるフランス占領をおとなしく受け入れただけでなく、ドイツ軍によるフランス国内のユダヤ人狩りにも積極的に協力したという、フランス人が忘却しようと努めていた過去の事実を暴いたのです。
『ルシアンの青春』では、フランスの片田舎の町に置かれたナチの秘密警察、ゲシュタボの事務所で、その町に住むフランス人の住民から届いた「どこそこに住む何某はユダヤ人だ」とか、「どこそこに住む何某は知り合いのユダヤ人を自宅にかくまっている」などという大量の匿名の手紙をドイツ人の軍人とその協力者であるフランス人が面白がって読むシーンが出てきます。
『さよなら子供たち』では、フランスの地方の町の学校にユダヤ人の子供が紛れ込んでいないか探索にきたドイツ兵に、フランス人教師がどの子供がユダヤ人であるかをこっそり教えるシーンが出てきます。
ナチス・ドイツ占領下のフランス中部の町、リヨンのナチ親衛隊長で、4000人以上の人間を収容所に送りこみ、「リヨンの虐殺者」と恐れられたクラウス・バルビーが1983年に逃亡先の南米ボリビアで逮捕され、1987年に彼を裁く裁判がフランスで開かれました。
このとき、多くのフランスの知識人から「戦時中、ナチのユダヤ人狩りに協力した我々フランス人にはたしてバルビーを裁く資格があるのか」という声が挙がったのですが、前記のマル監督の作品はそのようなフランス知識人の声を代表するものです。
そしてついに1995年になって、フランスのシラク大統領は、第二次大戦後のフランス大統領としては初めて、ナチの傀儡政権と呼ばれたナチ占領下のフランスの政権、ヴィシー政権がフランス国家の正当な政権であった事実を認めたのです。
つまり、当時のフランス政府がナチス・ドイツに協力した歴史を公式に認めたのです。
韓国人はなにかにつけて日本とドイツを比較し、ドイツは過去の歴史について反省しているのに日本はちっとも反省していない、といいます。
日韓両国がかって敵同士だったドイツとフランスのような親密な友好関係を築くためには、日本はドイツを見習ってもっと謝罪しなければならない、と講釈をたれるのですが、なんか勘違いしてるんじゃないですかね。
フランスは、韓国が日本に対して行なったように、ドイツによるフランスの侵略と占領に対して謝罪と賠償を求めていませんし、当然のことながら、ドイツもフランスに謝罪なんかしていません。
元々、隣国同士、侵略したりされたりの歴史が連綿と続いてきているわけで、そんな過去をいちいち蒸し返してもしょうがない、というのがフランスというか、世界の常識で、いつまでもしつこく過去の歴史にこだわる韓国の方が異常なのです。
またナチスドイツが犯した最大の犯罪であるユダヤ人のホロコーストについても、前述したように、フランス人は、自分たちはナチのユダヤ人狩りに協力したのだから、ドイツを非難する資格などないと考えています。
そのようなフランス側の自省の上に立ってはじめて、現在のドイツとフランスの緊密な関係が成立しているのです。
これを日韓関係にあてはめれば、韓国が本当に日本との友好関係を望むのであれば、フランスを見習って、日本の植民地下の朝鮮で、日本の植民地支配に反対して抵抗運動をおこなった朝鮮人はほんの一握りで、大半の朝鮮人は日本による朝鮮支配をおとなしく受け入れ、それに従ったという事実を認める必要があります。
また太平洋戦争では、多くの朝鮮人の若者が「日本兵」として戦ったという事実も忘れてはなりません。
第二次大戦中、東南アジアで日本軍の捕虜になった欧米人の証言によると、日本人兵士よりも朝鮮人兵士の方が捕虜に対して残虐だったそうです。
常日頃、日本人に頭を押さえつけられている鬱憤を弱い立場の捕虜を苛めることで晴らしていたのだと思いますが、その結果、敗戦時に捕虜虐待の罪で戦犯になった朝鮮人兵士も出てきたわけです。
先日、そのような戦犯になった元日本兵の韓国人が、戦犯になったのは日本のせいだとして日本政府に謝罪と補償を求める裁判を起こしたという新聞記事を読みましたが、この韓国人の元日本兵にしても、従軍慰安婦にしても、被害者としての側面ばかりをひたすら強調し、
自分たちが日本の戦争遂行の重要な協力者であったという事実、また日本軍が侵略した国や地域の住民に対しては、彼らも日本軍の兵士として加害者として振舞ったという事実については、完全に頬かむりしてるんですよね。
韓国人がこんな自分たちに都合の良い歴史認識を一方的に日本に押し付けても、日本と韓国の友好関係なんて築けるはずはありません。
真の友好関係を築くにはフランス人がやったように、韓国人が過去の自分たちの真実の姿を認める必要があると思いますが、フランス人でもそのために50年もかかったんだから、韓国人の場合は500年くらいかかるんじゃないでしょうか(笑)
by jack4africa
| 2006-08-15 00:24
| 国際関係

