2007年 03月 12日
古山高麗雄 「プレオー8の夜明け」(1) |
「プレオー8の夜明け」は、小説家、古山高麗雄(1920-2002)のデビュー作で、太平洋戦争敗戦後、フランス人捕虜を虐待したBC戦犯容疑でベトナムの刑務所に収容された体験を基に書いた短編小説です。
この作品で、古山は1970年度の芥川賞を受賞しています。
このとき古山はすでに50歳、作家としてはかなり遅咲きですが、元々、作家になる気はなく、編集者として一生を終えるつもりだったのが、偶々、勧められて書いた「プレオー8の夜明け」が芥川賞を受賞したことがきっかけで作家になったのだそうです。
タイトルの「プレオー8の夜明け」のプレオーというのはフランス語で刑務所の中庭を指す言葉で、作者は戦犯容疑者として、ほかの日本人の戦犯容疑者と共にベトナムのサイゴン中央刑務所のプレオー8(中庭第8号)と呼ばれる雑居房に収容されていたことからこのタイトルになったわけです。
今回、この小説を取り上げた理由は、この作品で軍隊というか刑務所内の同性愛が描かれているからです。
ただし、同性愛がこの小説のメインテーマというわけではなく、プレオー8に収容されていた日本兵の戦犯容疑者たちの人間関係の一つとして同性愛が描かれているだけです。
刑務所内で同性愛が流行するきっかけを作ったのは作者自身で、小説では吉永の名前で登場する作者が、刑務所生活の無聊を慰めるために、芝居の台本を書き、刑務所内で上演するのですが、収容者には男しかいないため、小柄で可愛らしい兵士を選んで、娘役を演じさせるのです。
娘役として作者に選ばれたのは補助憲兵をしていた仲住トヨことトヨちゃんで、彼は、東北弁丸出しで、一本調子のセリフしかいえないのですが、その可憐な容姿で、女に飢えている収容者たちの心を虜にしてしまいます。
トヨちゃんがスカートをはいて舞台に登場するだけで、ペニスを勃起させてしまい、それを隠すために腹ばいになって芝居を見る連中まで出てくるのです。
また舞台端に陣取った連中は、細竹を用意して、それで舞台にいるトヨちゃんのスカートを捲って楽しむようになります。
トヨちゃんは当然、怒って「やめてけれ」と抗議するのですが、観客たちはトヨちゃんのスカートの中が「見えた、見えた」といって喜びます。
そのうち、夜、だれがトヨちゃんと一緒に寝るかをめぐって、男たちの間で争いが起きるようになります。
トヨちゃんは補助憲兵だったので、最初は、補助憲兵の列の間で寝ていたのですが、補助憲兵の間でトヨちゃんの奪い合いが始まり、トヨちゃんに一緒に寝てもらえない補助憲兵はふてくされて、毛布を被って一日中、唸り声をあげたりします。
そんな騒動に嫌気がさしたトヨちゃんは、芝居の脚本家兼演出家である吉永のところにきて、隣に寝かせてくれと頼みます。
それで吉永とトヨちゃんは一緒に寝るようになるのですが、二人は自然とホモ関係になってしまいます。
すると今度は、吉永がトヨちゃんを独り占めにしているということで、ほかの収容者たちの怨嗟の的になってしまいます。
トヨちゃんに恋していた補助憲兵の笹倉は、トヨちゃんが吉永と一緒に寝るようになってから頭が狂ったようになって、突然、ギャーッと叫んでみたり、そうかと思うと、吉永のところにきて「仲住トヨちゃんを、たまには俺んとこ、寝かしてくんしゃい」と正座して頭を下げたりします。
トヨちゃんは、彼の懇願に負けて一晩だけ彼の寝床に行きますが、翌朝、吉永のところに戻ってきて「ヨーさん、ごめんね」と謝ります。
吉永は「馬鹿だなあ、なんで謝るんだ」といいますが、正直いってトヨちゃんがいない夜は寂しいので、刑務所にいる間、トヨちゃんとホモ関係を続けてしまうのです。
もうひとり、吉永の書く芝居で年増の女形を演じる金井中尉というおかしな人物も登場します。
中尉というのは兵隊の位ではかなり上の方で、刑務所に入る前は当然のことながら部下の兵士たちには威張っていたのですが、刑務所に入った途端、彼は女言葉で話すようになり、女っぽくなってしまうのです。
吉永は、金井中尉には元々、女性的なところがあったけれど、刑務所に入ってからわざと女を演じるようになったと見ています。
彼は戦犯容疑で逮捕される前は、捕虜収容所の分所長をしていたのですが、彼がフランス人捕虜の虐待を許可したお陰で、戦犯になったと彼を恨んでいる兵士が沢山いて、彼らから憎まれ、嫌われることを回避するために、女になっているのではないか、と吉永は推察するわけです。
この作品では、このような刑務所という男だけの特殊な世界に入ることで人間が変わり、おかしくなっていく男たちの滑稽で哀しい様子が、独特のペーソス溢れる筆致で描写されています。
作者は1947年に裁判にかけられて禁固8ヶ月の判決を受けますが、すでに8か月以上、刑務所に服役していたことから翌日、釈放され、日本に復員します。
やはり釈放されて日本に復員したトヨちゃんとの関係はそのときに終わってしまうのですが、この話には後日譚があって、作者は、日本に復員した昭和22年から26年目の昭和48年に仲住トヨが住む福島県に仕事で行ったついでに彼の家を訪ねるのです。
このとき作者は53歳、4つ年下の仲住トヨは49歳、お互い中年も初老近くになった変わり果てた姿での再会でした。
このときの再会の様子は「プレオー8の夜明け」と共に、短編集「二十三の戦争短編小説」(文春文庫)に収められている短編「ムショ仲間」に描かれています。
古山高麗雄 「プレオー8の夜明け」(2)へ
「読書日記」の目次に戻る
by jack4africa
| 2007-03-12 08:23