2007年 08月 14日
在日・強制連行の神話(1) |
鄭大均著「在日・強制連行の神話」(文春新書)を読みました。
著者の鄭大均(てい・たいきん)首都大学教授は、東アジアの国家アイデンティティーの研究が専門の学者で、在日韓国人2世として生まれ、日本に帰化した人です。
鄭教授は、この著書の中で、在日韓国・朝鮮人は、戦前、日本国家によって強制連行されて日本にやってきた被害者とその子孫であるという現在、日本だけでなく、国際的にも広く流布している「常識」を否定し、在日1世は、みずからの意思で朝鮮半島から日本に渡ってきた人々であると主張しています。
それでは、なぜ、在日1世は強制的に日本に連行されてきたという「神話」が生まれたのでしょう?
鄭教授によると、このような神話が生まれるきっかけとなったのは、1965年に刊行された朴慶植著「朝鮮人強制連行の記録」という本だそうです。
この朴慶植の「朝鮮人強制連行の記録」が書かれる前の1955年に、日本人の朝鮮研究家、森田芳夫による「在日朝鮮人の処遇と推移」という本が出版されています。
森田芳夫は、その著書の中で、朝鮮半島の人口が日本の植民地時代に急増した結果、農村地帯に大量の余剰人口が発生し、それと同時に日本では産業発展によって労働力不足が起こったために、多くの朝鮮人が出稼ぎ労働者として来日することになったと説明しています。
つまり、在日朝鮮人たちは、みずからの意思で、日本にやってきたといっているのです。
当時は、朝鮮半島も台湾も同じ大日本帝国の領土で、朝鮮半島に住む人間が日本の本州や九州に移住するのは、国内を移動するのと大して変わりなかったと鄭教授は指摘しています。
朴慶植が「朝鮮人強制連行の記録」を書いた直接の動機は、この森田の「在日出稼ぎ説」に反論して「いや在日1世は無理やり日本に連れて来られたのだ」と主張することにあったのだそうです。
著者の朴慶植は、北朝鮮労働党の日本における下部組織である朝鮮総連のメンバーだった人物で、彼はこの本を、植民地下の朝鮮人は、日本帝国主義に搾取された被害者であるという、戦後、北朝鮮が採用していたマルクス主義的なイデオロギーに沿って書いています。
その目的は、北朝鮮の対日工作の一環として、在日1世たちは、日本に強制連行されてやってきたというプロパガンダを流布することで、在日の被害者性を強調し、日本人に集団的な罪悪感を植え付けることにあった、と鄭教授は指摘しています。
鄭教授によると、この朴慶植の「朝鮮人強制連行の記録」には、初歩的な誤りや意図的なごまかしが多数、みられ、在日1世が強制連行されたという自説を主張するために、恣意的にデータが選択、改ざんされているそうです。
さらに鄭教授は、朴慶植がこの著書で、在日朝鮮人の北朝鮮帰国運動についていっさい触れていない欺瞞性についても指摘しています。
在日朝鮮人の北朝鮮帰国運動というのは、1959年から鳴り物入りで開始された運動で、ピーク時の60年と61年には7万人もの在日朝鮮人が北朝鮮に帰還したのですが、「地上の楽園」と聞かされていた北朝鮮が、実際は極端に貧しい国であったことが判って、62年から帰還者が急減したという、帰国運動を推進した朝鮮総連には触れられたくない過去の事実なのです。
この北朝鮮帰国運動を開始した頃から、朝鮮総連は、意図的に「在日強制連行説」を流すようになったそうですが、これにたいして日本の外務省は1959年に「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」を発表して、強制連行を明確に否定しています。
この発表の要旨は次の通りです。
●戦前(昭和14年)日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には、その数が約200万人に増加していたこと。
●増加した100万人のうち、70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別労働者と、その間の出生によるもので、残りの30万人は大部分、工鉱業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による徴用労務者はごく少数であること。
●国民徴用令は、日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮に適用された期間は、昭和19年9月から翌年3月の7ヶ月間だけであったこと。
●終戦時に、200万人の在日朝鮮人の内、140万人が希望して朝鮮半島に帰還し、現在、登録されている在日朝鮮人は61万人で、そのうち戦時中に徴用労務者としてきた者は245人に過ぎないこと。
戦時中、在日朝鮮人の数が増えたのは、日本人男性が兵士として多数、召集された穴埋めとして朝鮮人労働者が必要とされたからですが、このうち、ごく少数ながら、戦時中の国民徴用令によって徴用された労務者が存在します。
彼らは自分の意思に反して、日本に連れて来られたことから、強制連行されたといえるかもしれません。
しかし、鄭教授は、当時は、朝鮮人も台湾人も同じ大日本帝国の臣民であり、「日本人」として平等に徴用義務を課せられたのであって、これを「強制連行」と呼ぶのは適切ではないと主張しています。
また朝鮮人の徴用労務者が日本で過酷な労働に従事されられたことは事実ではあるものの、同じ時期に日本人の男性が兵士として招集され、戦場に送られたことを考えれば、特別、朝鮮人だけが酷い扱いを受けたとはいえないと指摘しています。
いずれにせよ、このような徴用されて日本に連れて来られた労働者の大多数は、終戦と共に日本政府の用意した船に乗って朝鮮半島に帰還したわけで、日本に残留した在日韓国・朝鮮人が強制連行された在日1世とその子孫であるという説は、間違っていることになります。
実際、「在日強制連行説」を唱えた、朴慶植の「朝鮮人強制連行の記録」は発刊当時は、それほど話題にのぼらなかったそうです。
当時はまだ在日1世の大半が生存していて、彼らが出稼ぎ目的で日本にやってきたことは自明のことであったので、一部の左翼系日本人を除けば、朴慶植の嘘に騙される人間はいなかったというのです。
ところが、80年代に入り、日韓の歴史や在日の問題が、マス・メディアで語られるようになると共に、「キョーセーレンコー」という言葉は、一挙に大衆化し、朝鮮人の被害者性と日本人の加害者性を表象する言葉になって一人歩きし始めるのです。
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by jack4africa
| 2007-08-14 00:03
| 国際関係

