2008年 01月 22日
足利将軍と寵臣たち (1) |
代々の足利将軍が男色を好み、猿楽師などの芸能者や禅寺の渇食を寵愛したことはすでに述べました(「足利将軍と芸能者たち」及び「渇食」を参照)が、将軍による男色の寵愛を受ける美少年の寵臣も存在しました。
このような寵臣たちには、なぜか赤松一族の人間が多く、将軍たちが赤松一族の美少年を寵愛した結果、様々な騒動が起こります。
中でも特筆すべきは、嘉吉元年(1441年)に六代将軍、足利義教(よしのり)が暗殺された嘉吉の変(かきつのへん)で、これは義教が赤松一族の美少年、赤松貞村(さだむら)を寵愛したことが原因で起こっています。
また管領(註)の細川氏と有力守護大名の山名氏がそれぞれ率いる東軍と西軍が将軍家を巻き込んで争った応仁の乱にも赤松一族は深くかかわっています。
赤松氏は、播磨の名門一族で、足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻したとき、当主の赤松則村(のりむら)(法名:円心)は、尊氏に呼応して、尊氏方に与して活躍します。
赤松家の家督を継いだのは三男の則祐(のりすけ)で、その息子の義則(よしのり)の代には、赤松氏は播磨、備前、美作の三国の守護となり、管領に継ぐ幕府の要職、侍所所司に任命され、有力守護大名としての地位を築きます。
義則のあとは息子の満祐(みつすけ)が継ぎますが、足利四代将軍、義持(よしもち)は、赤松則村の次男、貞範(さだのり)の孫にあたる美少年の赤松持貞(もちさだ)を寵愛します。持貞の名前の「持」は、義持から一字もらって付けたといわれています。
将軍の寵愛に奢った持貞は、分家の身分でありながら、本家の満祐に代わって赤松家の総領職に就くことを望み、自分を播磨、備前、美作の三国の守護に任命してくれるように義持にオネダリします。
その話を聞きつけた本家の赤松満祐は怒り狂い、京都の自邸を焼き払って、領国の播磨国に戻り篭城して抗議します。
幕臣の大半は、満祐に対して同情的で、義持に諫言して、持貞を寵愛するあまり、満祐の所領を持貞に与える愚を説いたことから、義持も考え直し、結局、持貞は「義持の側室と密通した」という罪を着せられて自害させられ、この騒動は決着します。
義持のあとを継いで第五代将軍になったのは、義持の嫡男、義量(よしかず)ですが、生来、病弱なうえに大酒飲みだったので19歳で早世してしまいます。
その後は、義持の弟、義教が第六代将軍に就任します。
足利将軍家では、後継争いを防ぐために将軍職に就く嫡男を除く兄弟は仏門に入ることが慣例になっていました。
義教も仏門に入って「義円」と名乗っていたのですが、五代将軍、義量が早世し、義持も後継者を指名しないまま亡くなったために、次の将軍はくじ引きで決めることになり、義教を含む義持の弟4人がくじ引きをして、くじに当たった義教が還俗して将軍になったのです。
義教は残虐な性格の持ち主で、専制政治を敷いて、多くの幕臣を弾圧、粛清したことから、幕臣たちの恐怖の的になりますが、幼少の頃から仏門に入っていたことから、男色経験は豊富だったようです。
その義教が寵愛したのがまたもや、赤松一族の赤松貞村(さだむら)だったのです。
貞村は、将軍、義持が寵愛した赤松持貞の甥にあたり、持貞同様、たぐい稀なる美少年だったそうで、義教の「男色の寵、比類なし」と当時の記録は伝えています。
そのうち、義持がかって赤松満祐の領国三国を寵愛する赤松持貞に与えようとしたように、義教も赤松満祐の領国を自分の寵愛する赤松貞村に与えようとしているという噂が流れます。
赤松満祐は、かって分家の赤松持貞に自分の所領を取られそうになったときのことを思い出し、警戒心を強めます。
さらに「満祐を嫌う義教が、満祐を誅殺しようとしている」との噂が流れ、追い詰められた赤松満祐は、ついに嘉吉元年(1441年)6月24日、口実を設けて義教を自邸の宴会に招き、宴もたけなわに達したとき、義教を殺害してしまうのです。
奇しくもこのとき、宴会の舞台で舞を披露していたのは、義教の寵愛を受けていた観世流の猿楽師、音阿弥だったといいます。
赤松満祐は、義教を暗殺したあと、本拠の播磨に逃れ、城山城に立てこもりますが、幕府方が派遣した細川、山名ら有力守護大名の追討軍と戦って敗れ、自害して果てます。
この騒乱を嘉吉の変、あるいは嘉吉の乱と呼ぶのですが、義教は、男色が原因で暗殺された将軍という不名誉な名前を歴史に残すことになります。
これによって赤松本家は滅び、赤松一族も衰退してしまうのですが、生き残った赤松一族から股々、美少年が現れて、股々、将軍に気に入られ・・・
と話はまだまだ続くのです。
註:管領とは、将軍の下で実際の政務を担当する最高責任者のことで、足利家の親戚筋にあたる畠山、斯波、細川の三管領家が交代で勤めていました。
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by jack4africa
| 2008-01-22 00:15

