2008年 06月 10日
女が男を買うとき |
昔、西アフリカのセネガルの首都ダカールの郊外のビーチに面した大型リゾートホテルのディスコのバーで、若いセネガル人の男と飲んでいたとき、
そのセネガル人が、近くのテーブルに座っていたフランス人の婆さんをアゴで指し示しながら、「あの婆さん、俺に気があるんだよ」といったときは、とても信じる気になれませんでした。
そのおばあさんは縁側で猫と遊んでいるのが似合うようなごく普通のおばあさんで、自分の孫みたいな若い男に色目をつかうような種類の女性には見えなかったからです。
しかし、そのセネガル人の若い男は、「セネガルにやってくるフランス女は男目当てが多い。あの婆さんも絶対、そうだ」と言い張り、それを聞いた私の頭には「ヤマトナデシコ」という言葉が浮かんだのでした。
フランス女は、外国に来てまで若い男を買うような恥知らずなことを平気でするかもしれないが、わが日本女性はそんなハシタナイ真似はしない!
そう思ったのです。
思えば、あの頃は若かった。
その後、バリ島などで、現地の若い男を買い漁る日本のOLの姿を目のあたりにして、女というものは人種や国籍に関係なく、チャンスさえあれば男とセックスするスケベな動物であるという、人生の苦い真実を知ることになったのでした。
実際、最近では日本の男性よりも女性の方が派手に外国で男を買い漁っているような気がします。
一昔前は、タイやフィリピンなどで、ツアーなどでやってきた日本人の女子大生やOLが、一見してその種の女性であることがわかる若い女性を従えた日本人の中年男性を見かけて、「ま、不潔!」といった感じでその中年男を睨みつけ、
見られた中年のオッサンが恥ずかしそうに下を向くという光景をよく目にしたものですが、
最近は、私のような中年男が、一目でジゴロと分かる現地人の若い男とべたべたしている日本人の若い女を見かけて、「なんだ、この女は!」というような目つきで睨みつけ、
睨みつけられた若い女の方は、「誰と付き合おうがあたしの勝手でしょ!」といわんばかりにフンといった顔つきで横を向くのですが、
客観的にみれば自分がやっていることは買春以外のなにものでもないということはわかっているので、その横顔には自国の男に買春している姿を見られた恥ずかしさとバツのわるさがありありと浮かんでいるというケースが多いような気がします。
しかし、数年前にモロッコを旅行したとき、砂漠ツアーの拠点になるモロッコ南部の小さな町で日本語を自在にあやつる若いモロッコ人の男に何人も出くわしたのには驚きましたね。
偶々、その町に住む日本人の男性と出会って話をする機会があったのですが、その町にはモロッコの男とヤルために毎年、日本人の女が大挙して訪れるそうで、
日本語ぺらぺらの若い男たちはそういう日本女性相手のジゴロとして食っている連中だということでした。
その在住日本人の男性は、そういう日本人女性のことを、「おとなしそうな顔をして、派手に遊びまわる女性が多いんですよ」と嘆いておられましたが、
チャンスさえあれば、モロッコ人の若い男とヤリたいと考えていたのは私も同様だったので、複雑な心境でしたね。
その町の近郊の砂漠には、砂丘を見物する観光客用の「カフェ」と呼ばれる簡易宿泊所が散在していて、そのようなカフェの1軒に行くために乗り合いタクシーに乗り込んだら、
その中に一目でジゴロと分かるモロッコ人の若い男と一緒の日本の女がいて、まさか日本人のオッサンが同じタクシーに乗っているとは思わなかったのでしょう、私を見てギョッとした顔になったのが面白かったです。
幸いというか、彼女達が行くカフェと私が行くカフェは別々のところだったのですが、彼女に付き添っていたレゲエの黒人風のドレッドヘアの日本語ペラペラの若いモロッコ人の男は、その町でも有名な日本女性相手のジゴロだそうで、
私が泊まったカフェのフランス人の女主人によると、その町に旅行でやってきた日本人女性と仲良くなって結婚して日本に渡り、
しばらくして離婚してモロッコに舞い戻ってきてからは、もっぱらその町にやってくる日本女性のエスコートをして稼いでいるとのことでした。
そのフランス人のマダムは、
「相手の日本女性と離婚してモロッコに帰ってきたというけど、日本でなにか悪いことをやらかして強制退去になったに違いないわ」
といい、
「日本の女性はみんなあの男に騙されているのよ」
と憤慨していましたが、
最近の日本の若い女はけっこうしたたかですから、そのへんはすべて承知の上で、
「日本でホストクラブのホストを相手にすることを思えば安いものだわ」
と割り切って付き合ってるんじゃないかと思いましたね。
いずれにせよ、わざわざ日本から遠く離れたモロッコまで飛行機に乗って男を買いにくる日本女性の行動力とバイタリティーには感心させられたものです。
明治から昭和の初めにかけては、からゆきさんと呼ばれる日本女性の売春婦が大挙して東南アジアに進出し、現地の娼館で商売をして稼いでいたそうですが、
彼女たちの中にははるばるアフリカのマダガスカルやザンジバルまでやってきて商売をやった女性もいるそうで、売る側と買う側と立場こそ違え、日本女性の旺盛な行動力は昔も今も変わりはないのかもしれません。
しかし、女性が男を買うときには、男性が女を買うときと比較して独特の後ろめたさが付きまとうような気がします。
女としては本来ならば、男にくどかれて、散々、じらしてからやっと股を開いて「ヤラせてあげる」というのが理想の形のはずで、
それを男とセックスするために自分から男に近づいていってセックスの代償として金を払うなどということは、屈辱以外のなにものでもないんじゃないでしょうか。
それで「リゾラバ」などという言葉を発明して、自分がやっていることが買春行為であることをごまかしているみたいですが、そのへんは女子中学生や女子高校生が「援助交際」という言葉を発明して売春行為をごまかしているのによく似ています。
一度、マレーシアのクアラルンプールのチャイナタウンにある中華料理店に一人で入ったとき、店内のテーブルが満席で、アメリカ人の女性と現地人の男性のカップルと相席になったことがあります。
アメリカ人女性は年の頃、30代半ば、整った顔立ちをしていましたが、疲れた様子で目の下に大きな隈を作っていました。
彼女と一緒にいたのは、ジャングルから出てきたばかりの首狩り族といった感じの真っ黒な肌の、天然パーマの髪の毛がちりぢりに縮れた、鼻ペちゃの、耳にピアスをした若い男でした。
友人にいわせると、私は思ったことがすぐ顔に出るタイプだそうで、そのときも、彼女と連れの現地人の若い男を見た瞬間、
「このアメリカ女、こんな土人みたいな若い男を買って、セックスのやりすぎで、目の下に隈なんか作ってやがる」
と思ったのが顔に出たらしく、そのアメリカ女の顔がたちまちこわばるのがわかりました。
同じテーブルに座っているからには一言くらい話しかけるべきではないかと思って、「料理はおいしいですか?」と訊いたら、「おいしいわよ!」とぶっきらぼうに答え、
プイと横を向いてタバコに火をつけて、スパーッと煙を吐き出したその横顔は、見ず知らずの他人である私に馬鹿にされた屈辱感に溢れていて、こんな悔しい思いをしてまで男を買わなきゃならない女は大変だなぁ、と同情したものでした。
それに較べると、男は本当にアッケラカンと買春しますねぇ。
買われる方の女も、少なくともタイ人やフィリピン人の売春婦の場合はケロリとしていて、むしろ買われたことを自慢に思っているような気配すら感じられます。
その点、同じオトコでも、ホモの買春はノンケ男よりも女の買春に近いような気がします。
漫画家の西原理恵子にいわせると、ホモはみんな心の中に女子高校生を飼っているそうですが、タイなんかでゴーゴーボーイを買っても、
「翌日はバンコクを案内するといって一緒に付き合ってくれたのよ」
などといって、
「そのボーイとはたんに金銭だけの関係でなくて、恋人に近い関係になったの」
みたいなことを言いたがる(思い込みたがる)傾向があるような気がします。
私ぐらいになると、心の中にいる女子高校生も齢をとって意地悪婆さんになっているので、
「翌日は町を案内してくれたって? そりゃ、あんたをデパートかショッピングセンターに連れていって自分の欲しい服や靴を買わせるのが目的でしょうが」
などと実も蓋もないことをいって、乙女心を傷つけてしまうのですが、買春の本質が夢を買うことだと考えれば、そんなことはいうだけ野暮というものでしょう。
ただ一部のホモにはヒステリックに買春を非難する手合いがいて、そういう連中をみていると、ホモはやはりオンナだなぁ、という感じがしますね。
買春を非難するのは大抵、女で、ノンケの場合はたとえ自分はフーゾクなど行かない主義でも、友人や職場の仲間がフーゾクに行くことまでは反対はしません。
そんなことしたら完全に仲間はずれになってしまいますからね。
私に関していえば、このブログを読んでいただければ分かると思いますが、世界中で若い男を買いまくってます。
そのことを正当化するつもりはないですが、ひとつだけ指摘させていただくと、昔から同性愛と売春は、非生殖目的のセックスの代表として、特に西洋のキリスト教圏では弾圧されてきたという歴史があります。
反対に、現代のタイや江戸時代の日本など売春に寛容な社会は、同性愛にたいしても寛大です。
江戸時代には吉原や島原のような遊郭が栄えましたが、女性の売春婦(女郎)だけでなく、男性の売春夫(野郎)も多数いたことはよく知られているとおりです。
明治以降、西洋のキリスト教の思想が流入してきて、日本でも売春や同性愛を罪悪視する傾向が徐々に広まってきますが、明治以降の日本で熱心に廃娼運動に取り組んだのも救世軍などのキリスト教系の団体でした。
その後、日本はキリスト教原理主義国家であるアメリカと戦争して敗れるのですが、アメリカに占領された戦後の日本で売春防止法が成立したのはある意味、必然だったと思います。
しかし、バブル景気を境にして、日本人は先祖返りを始めたような気がします。
バブル後期に日本の女子高校生や女子中学生が突如として援助交際という名の売春をやりはじめたことと、『バディ』のような新しいタイプのホモ雑誌、もといゲイ雑誌が発刊され、
自分のことをホモではなく、ゲイと呼ぶ若いチャラチャラしたホモが現れるようになったこととは関係があると私は睨んでいます。
戦後の日本人を縛っていた規範のタガが緩み、それまで隠れていた未成年の売春やホモが社会の表面に出てきたのです。
その善悪は別にして、売春も同性愛も人類の歴史のはじめから存在し、いくら弾圧してもなくならないというところは、よく似ているんじゃないでしょうか。
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by jack4africa
| 2008-06-10 00:26

