2008年 08月 19日
ハウサ族の男性レスビアン |
ナイジェリア北部に住むハウサ族はイスラム教徒ですが、ハウサ族の間では、イスラム以前から存在する「ボリ」と呼ばれる民間宗教の儀式も行われています。
このボリの儀式は、儀式の参加者に精霊が憑依してトランス状態になるところなどアフリカに起源を持つハイチのブードゥー教や、ブラジルのカンドンブレなど中南米の憑依カルトの儀式と多くの共通点を持っています。
この儀式には、ハウサ族の女装した男性あるいは女性的な男性が多数、参加することで知られています。
彼らは「ヤン・ダウドゥー」、ダウドゥーの息子と呼ばれています。
ダウドゥーとは、ボリの儀式で参加者に憑依する精霊の一つで、この精霊は女性にもてる若いハンサムな男性で、浪費家でギャンブル好きであるといわれています。
ただし、精霊ダウドゥーは、その息子と呼ばれるヤン・ダウドゥーには憑依しません。
ダウドゥーが憑依するのは、ヤン・ダウドゥー以外の儀式の参加者です。
ヤン・ダウドゥーは腕の良い料理人として知られていて、ボリの儀式における彼らの役目は、儀式のための特別な料理を作ることにあります。
またボリの儀式には、多くの女性、特に売春婦たちが参加するのですが、ヤン・ダウドゥーは彼女たちとその客である男性の仲介役として働きます。
つまり、ポン引きですね。
またヤン・ダウドゥー自身も男性相手に売春をします。
ヤン・ダウドゥーは、城壁に囲まれたハウサの町から外れた一画に女性の売春婦たちと一緒に住んでいるのですが、そこを訪れる男性に売春婦を取りもったり、みずからも彼ら相手に身体を売って生計を立てているのだそうです。
ヤン・ダウドゥーは自分自身を「女性」であるとみなしていますが、それとは別にほとんどのヤン・ダウドゥーは、女性と結婚して子供を作るといいます。
アフリカをはじめとする世界の多くの地域では、性的指向に関係なく、結婚して子供を作るのは人間としての義務であると考えられています。
このような地域では、快楽のためのセックスと生殖のためのセックスは、別種のものであると見なされているのです。
ヤン・ダウドゥーの中には、「生活のために」ヤン・ダウドゥーをしている、ほかの土地からハウサ族の土地に移住してきたハウサ族以外の貧しい男性もいるそうで、こういう男性は元々女性好きなので、女性とセックスすることに抵抗がないでしょうが、
大多数のヤン・ダウドゥーは、自分のことを身体は男でも、心は女だと考えているので、女性との生殖のための義務的なセックス以外は、「本物の男」、つまりノンケ男とセックスすることを望むそうです。
ただし、「本物の男」(ノンケ)が手に入らない場合には、ヤン・ダウドゥー同士でセックスすることもあるといいます。
彼らは、それをハウサ語で「レスビアン・セックス」と呼ぶそうです。
オネエ同士がセックスするときに、片方が渋々、タチ役をやるようなもんでしょうか(笑)
私は常日頃、
「ホモの本質はオンナだから、ホモのカップルなんてレズのカップルと同じだ」
などと広言して、ホモ仲間の顰蹙を買っていますが、私と同じように考える人間はアフリカにもいるのです!
実際、ハウサ族だけでなく、アフリカの多くの部族は、日本や欧米の同性愛者に相当する「女性的男性」を完全な男性であるとはみなしていません。
アフリカで実地調査をおこなう欧米の文化人類学者がよく犯す間違いで、彼らが研究対象にしている部族の情報提供者に、
「その部族には男同士の同性愛の習慣は存在するか?」
と訊ねて、「存在しない」といわれ、その言葉を信じたあとで、部族の男同士がセックスしているのを見聞きして驚くということがあります。
これは質問の仕方が間違っているのです。
アフリカの多くの部族ではヤン・ダウドゥーのような女性的男性を「男性」とはみなさないので、彼らの感覚では一般の「男性的男性」とヤン・ダウドゥーのような「女性的男性」の間のセックスは同性愛にはあたらず、異性愛の一種とみなされるのです。
私自身、ノンケ好きで、ホモとは友人になっても、恋人関係にはなれないことから、自分は同性であるオンナ(ホモ)を愛する同性愛者ではなく、異性である男(ノンケ)を愛する異性愛者であると考えているので、このへんの感覚はとてもよく理解できます。
参照文献:Homosexualities by Stephan O. Murray
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by jack4africa
| 2008-08-19 00:11

